置塩山(城山)に登り置塩城跡を探索(2021.10.30・土)

01.jpg

この置塩城は、前記事の白旗城に関連する山城として訪れる事にしました。

置塩城は姫路市夢前町宮置、糸田にある標高370mの置塩山にある山城で、
姫路市中心部の北10kmに位置し、北から南に夢前川が流れ、
川沿いに播但街道がある要所に築城された。
白旗城は、足利尊氏と共に建武政権に反旗を翻した赤松円心が、
建武三年(1336)新田義貞の軍勢を迎え討つために築かれた城でした。
置塩城は、戦国期屈指の規模を誇る山城で、
播磨国守護であった赤松惣領家が住む城でした。
置塩城は文明元年(1469年)、地元では城山と呼ばれる置塩山に、
赤松政則が築城した赤松氏の居城です。

赤松家は、黒田官兵衛が仕えた小寺家の主家筋に当たるが、
次第に一族の内紛などで往時の勢力を失っていく。
赤松則房のとき、
羽柴秀吉が播磨入りしても播磨国内の領主の中には毛利方にくみする者が多かったが、
則房は秀吉に従って四国平定戦などに従軍し、阿波住吉へ移封される事になった。

歴史
文明元年(1469年)標高370mの城山に赤松政則が築城し、以後、赤松氏の居城となる。
天正5年(1577年)赤松則房の時、播磨国に侵攻してきた羽柴秀吉(豊臣秀吉)に降伏。
天正8年(1580年)秀吉の城割令によって廃城となり、建物や石垣は解体して姫路城に移された。
なお、現存する姫路城の「との一門」は、この時移築されたものといわれている。

置塩城は、築城してから城割(破城)まで約100年の間に、
赤松政則~赤松義村~赤松晴政~赤松義祐~赤松則房と五代にわたって城主が代わった。
曲輪は大小60以上あり、曲輪壁面下部に土留めとして低い石垣が築かれている。


これを実施するにあたり、登山口や登山道についても調べています。
夢前川の河川公園沿いにある置塩城跡登山口には10台ほど止められる駐車場があります。
その公園にも約30台が止められるとあり、駐車場に困ることはなさそう。
更に、近くにはトイレのある「櫃蔵(ひつくら)神社」があり、そこにも駐車場がある。
置塩城跡登山口から登山道として整備された、丁石が続く九十九折の坂を登り、
最終、十八丁の丁石から置塩城跡に入り、そこに城跡の案内図があるそうです。
危険な所は無いようですが、急坂が続くのでストックのご用意を。
トイレのある「櫃蔵(ひつくら)神社」に参拝しましょう。
置塩城跡登山口駐車場→城山(置塩城跡)→置塩城跡登山口駐車場
活動距離 2.4㎞、累計高低差 336m、標準コースタイム 1時間半
とあります。
と書いて、仲間にメール送信した。

集合場所の西明石駅から距離52km、所要1H30分だそうで、
前回と同じ時刻の新快速で、西明石駅9:05集合出発とした。


前置は以上で、
以下本編になります。


元気印五人組が、JR西明石駅を出発。
やや渋滞していた加古川バイパスから姫路バイパスと走り、姫路から北上する。
私としては餃子の王将が気になるが、書写山はこのメンバーで登ったことがある山です。
02.jpg姫路城はJR姫路駅近くにあり、姫路バイパスは4km南側を走っている(10:13)。
変わった屋根のスタジアムが見えてきました。
03.jpgこれは「ウインク陸上競技場」みたいです。

車は直進して、
04.jpg書写山に向かっている。
高速道路が迫って来ると、
05.jpg左側に書写山が見えてきた。
06.jpg山上にあるのは、ロープウエーを支える鉄塔です。
07.jpg
県道67号は山に向かってひた走る、
08.jpg道標を見ると、夢前に向かっているが、
09.jpg冒頭にあるように、置塩山は夢前町宮置にある。

置塩城跡の表示があり、これを右へ(10:40)。
10.jpg富田山への道標もある。
行った先で左折すると、置塩山が見えて来た。
11 オリジナル.JPGこれが冒頭の写真ですが、此方はオリジナルサイズ。
登山口を通り過ぎ、「櫃蔵(ひつくら)神社」に到着(10:42)。
12.jpgトイレをお借りする為です。
駐車場がデカイ。
13.jpg
地元の方が何やら作業しているので、
14.jpg聞いてみると、ギンナンを拾い集めているとの事。
見上げると、でっかいイチョウの木。
15.jpgその横には保存樹の表示ですが、ムクノキも含まれるようです。
16.jpg看板の下のバケツには、ギンナンが山盛り^^;
で、樹木を大切にする櫃蔵神社にお参り。
17.jpg
18.jpg
祭神は大年大神と若年大神(大年大神の孫神)で、後年豊受姫命(とようけひめのみこと)が加わる。
これは、五代目城主・赤松則房(1559年-1598年)が、天正8年(1580年)秀吉の城割令により廃城となった事で、置塩城の守護神として祀られてきた三柱の内の一柱をここに合祀した。
城の守護神で他の二柱は、
夢前町糸田の柏森神社(かやもりじんじゃ、大山津見命)と、
香寺町恒屋の櫃倉神社(ひつのくらじんじゃ、豊受大神)に分祀され、
その後、赤松則房は秀吉の命により阿波国へ移った訳です。

櫃蔵神社の祭神について↓
豊受姫命は古事記には豊宇気毘売神と記され、豊受気媛神とも云う。
伊勢神宮外宮の豊受大神と同じと考えられています。
大年大神は、素戔嗚尊(西暦140年頃-200年頃)と神大市姫(「大山祇神」の娘)の子で、饒速日命(にぎはやひのみこと)と同じ。
若年大神は、大年大神と香用比売(かぐよひめ)の子・御年神の子で、大年大神の孫にあたる。

なんと、この地から日露戦争へ出征した軍人の名が記されていた。
19.jpg日露戦争は、明治37年から38年にかけて戦われたロシアとの戦争でした。
その横にはほぼ読めない説明書き^^;
20.jpg読める説明書きは此方に。
21.jpg先程のイチョウの事も書いてあり、高さ30m、幹回りは6.6mとあります。

説明できませんが、戦いの様子が掲げられていた。
22.jpg
23.jpgこの絵馬殿からお参りします
その奥の拝殿、本殿は撮影せず。末社もあるようですが・・。

神門はこの時工事中でした。
24.jpg
高さ30mのイチョウの木は1枚に収まらず、上下2枚を繋げてみた。
26 オリジナル.JPG
ムクノキは上の方だけ。
27.jpg左は成長限界なのか、上の方が枯れています。

車を登山口前の駐車場に移し、準備をして登山口へ(10:58)。
28.jpg登山口横にある説明ですが、
29 オリジナル.JPG右に俯瞰図みたいなマップがある。
30 オリジナル.JPG橙色の登山道は九十九折になっていて、終点の18丁目が城跡の入り口。
この右に杖ボックス。
31.jpg中央の「KK」とあるストックをお借りします。
「ストックのご用意を」とメールしておきながら、アルクノは持参していない^^;

登山口には果樹が植えられているが、所有者が居ます。
32.jpg摘み取ってはいけませんよ^^)
33.jpg
ストック片手に、
34.jpg扉を開けて、Start!(11:01)
35.jpg
36.jpg
登山道は直ぐ急坂になり、
37.jpg九十九折となる。
38.jpg
石で組まれた道は、昔からあったようにも見える。
39.jpgその先、窪みにパイプが置かれていて、それを撮影しようとしたら、
40.jpg遊子さんが、パイプに乗って滑る!
絶妙のバランスで事なきを得たが、ここを登られる方は注意が必要。
パイプの左下側から登った方がいいです。

「コジイの板根」と表示されている樹木。
41.jpg板根(ばんこん)とは、地表近くの側根の上部が平板状に肥大し、樹木の支持や通気の働きをする根のことで、通常は表土が浅い熱帯域でよく見られる。
温帯域でもこの様な傾斜地では表土が流出しやすく、
樹木を支えるために根が地上に露出して板根状になったりする。
写真下の部分、表土が流出していました。
このような表示、地元の樹木愛好家さん達によるものでしょうか?
傾斜地にある樹木は土地の崩落防止の為にとても重要で、大切にしたいものです。
で、ここが三丁でした。
42.jpg「山頂はまだまだ先です。」と言って小笑いを頂く

この丁(町とも言う)の距離、125mと仲間に言っていたが、帰宅後調べてみた↓
1丁は60間の長さがある。1間は6尺のことで1.8182m。
つまり1丁は1.8182m×60で、109.09mでした^^;
これを18倍すると1963mになり、
九十九折の急坂が約2km続くことになる。

上から転がってきたのか?
43.jpg明らかに細工したような石がある。

四丁を過ぎた辺り、この様な表示。
44 オリジナル.JPGこの九十九折でも十分な急坂ですが、更に急坂が好みの方は直進して下さい。

トマトさん、五丁を過ぎても、
45.jpg軽快に登って行きます。

ところが六丁を過ぎると、足取りが重くなる^^;
46.jpg十八丁の三分の一地点です。
山の傾斜を見下ろすと、
47.jpg見上げると。
48.jpg起伏の無い急斜面で、これの直登はちょっと無理。
この九十九折登山道でも、
遊子さんが「急登、急登(キュート、キュート)やねぇ」と言っている。
それを聞いて、Sugarさんが「大阪ガスやねぇ」と返してきた。
×4名
答えは、「キュウトゥ(給湯)と言えば、大阪ガス」。
×4名
Sugarさん、とてもCute

七丁を過ぎると、「九丁目に休憩スペースありますよ」の表示。
私達の心理が読まれています。

八丁と来て、
49.jpg九丁。
50.jpg何もない?と思ったら、通り過ぎていた^^;
51.jpg戻るのも億劫なので、立ったまま休憩。
ここで遊子さんからのお土産。
52.jpg九州で地獄巡りをしてきたそうで、そのお菓子です(11:29)。
とても美味しくて、その土産話も来る時の車中でたっぷり頂いていました。

54.jpg十丁を過ぎると、
急坂に丸太による土止めの階段です。
55.jpg

十二丁を過ぎると、炭焼き窯があった。
57.jpg中が見えるよう、上から撮影。
これは昭和初期に作られたもので、他にも数か所あるようです。

ネムノキとエゴノキのカップルさん。
58.jpg

十三丁の先には、細工したような大きな石。
59.jpg何の表示も無かったが。

大石が点々とあり、
60.jpg石垣用として、この九十九折で運ぼうとしたが、不要となった石?
61.jpg
迷いそうな所には、その石を利用して、
62.jpg矢印が描いてある^^;

十四丁を過ぎると、石垣の材料に使えそうな巨大岩。
63.jpg石垣の石は、麓から運んだものではなく、
山中で調達したものと推察した。

これ以降は単調で見るものが無かったが、
64.jpg十七丁の先に、
本丸と南曲輪群との分岐。
65.jpgこれがその南曲輪群で、チラッと眺める。
66.jpg

やっとこさの十八丁(11:56)で、11:01から55分が経過。
67.jpg赤↓に城跡案内図があります。
城跡の入口に石垣が積まれているが、
68.jpg登山道脇の土止めとして残しているのでしょう。
69.jpg
石垣の上には曲輪が広がっている。
70.jpg

その十八丁目にある、置塩城跡案内図。陽が射しこむ位置にあって、輝度調整が難しい。
71 オリジナル.JPG私達は南曲輪群の脇を通って上がってきました。
これら曲輪群は周囲に伸びており、尾根伝いに城を築いた戦う為の白旗城とは大違いです。
この曲輪だらけの山上、家臣の住居や商店が並ぶ一つの城下町状態だったという説もある。
青い線が石垣が残る所で、このあと現在地から直進して回り込むように本丸跡へ向かった。
南西曲輪群とあるのは、案内図の現在地から左方向になる。
72.jpgこれが南西方向で、あとで行ってみましょう。
73.jpg
直進すると、案内図にある石垣です。
74.jpgその先は行き止まりで、
75.jpg右へ。
行くと、左側に広い曲輪が現れ、これが三の丸跡。
76.jpg
三の丸跡の端っこだと思うが、石垣が残っている。
77.jpg
78.jpg
右の二の丸跡は急坂になっている。石垣が除去され、風化でこうなったのだと思う。
79.jpg
右側の急坂の上に二の丸跡がある。
80.jpgなだらかな三の丸跡へ上がると、
81.jpg凸凹があり、水溜りも残っていた。
82.jpg
その向う、低い二の丸北曲輪群にも上がってみる。
83.jpg
84.jpg
ここを降りて本丸跡へ向います・・。
85.jpg右が急坂の二の丸跡です。
本丸跡へ進むと、左側にある石垣が崩れています。
86.jpg低い石垣見ながら本丸跡へ・・。
87.jpg結構な坂道です。
坂を上がると、折り返すように、本丸跡への表示。
88.jpg石垣が崩れたような坂を上ると、
89.jpgさっとこさの、本丸跡です。
90.jpg曲輪群を散策したので登山口から76分が経過(12:17)。
91.jpg流石、本丸跡は広いです。
92.jpg展望は北側と南側にあり、
これは北側。
93.jpg左端、山頂付近がギザギザなのが白岩山で、右端、高い山が笠形山。

この反対側は、南西方向が開けている。
気温が20度を超えているので遠くが霞んでいるが、水蒸気のせいでしょう。
94.jpg画面を少し暗くして明瞭度を高めてみた。
ズームすると・・、
95.jpg書写山の山上に、ロープウエーの鉄塔が見える。
左にあるはずの増井山は山が重なって特定できない。
このカメラ広角ズーム装着なので、トリミングして遠くに浮かぶ島を解りやすくしてみる。
96.jpgここ播磨灘にあるのは左が男鹿島で、右が家島。その沖の小豆島は霞の中^^;
でも、瀬戸内海まで見通せるとは予想していなかった。

自治会さん、設置している説明図は作り変えたほうがいいですよ^^;
97.jpg
真南は木々に覆われ、姫路城が確認できなかった。

やっとこさの昼食です(12:28~)。
左、安納芋が入ったパンと、右は鶏メンチカツパン。
98.jpg下はトマトさんから頂いたもの。
更に、Sugarさんから菓子パン、六子さんからおつまみ。

ここは山頂三角点が無いので、右足集合写真は無し。
食後、本丸跡を示す石柱が折れていた所に集まる。
99.jpg周りに誰もおらず4名の集合写真

私だけトマトさんに撮って頂く。
100.jpg
下山開始は12:55。

お約束の南西曲輪群の方へ行ってみます。
101.jpgやや大き目の曲輪があり、
102.jpgその下へ降りられるようになっているが、
103.jpg「大石垣へは健脚向きでござる」とある。
104.jpg行けそうだが、激下り道で滑落するかも?
 という事で断念した。

戻って、十八丁の方へ。
105.jpg上から眺めると、丁石の周りだけ石垣が残っていることが分かる。

南曲輪群に足を踏み入れてみたが、何も無くこんな感じ。
106.jpg

十二丁を過ぎた辺り、ハート形に刳り抜いた跡がある岩。
107.jpg

九丁目で小休止。
残差の大きい所や、滑りやすい所では注意を促すが、
麓が近付いてくると普通の坂道なので、先に下る。

登山口に到着(13:52)。
108.jpg南西輪群に立ち寄ったが、本丸(12:55)から57分で降りて来た。

その右、獣を捕獲する為の檻があるが、
109.jpg猪用でしょうか。。
外側に小さな果樹園があるので、持ち主が設置したものでしょう。
登山口、道路向かいにある駐車場です。
110.jpg
平成15年、ここで第十回全国山城サミットが開催されたそうです。
111.jpg置塩城は有名な山城なんだ、という事がこれで解ります。

この置塩山、置塩家の所有地だったのでしょうか。
112.jpg登山口左側に置塩家の墓がありました(14:05)。


帰路、車中からカラフルな紅葉を見つけ、
113.jpg全員、声を挙げる。

時間も早いので、姫路バイパス~加古川バイパスは空いていたが後半渋滞してきた。
114.jpg

明石駅前に到着(16:02)。
115.jpg来る時よりは30分ほど余分にかかっています。

明石城公園では、菊花展があるようです。
116.jpg
遊子さんにお礼を述べ、別れます

明石駅での打ち上げは、前回と同じココ。
117.jpg
乾杯して
118.jpgおでん、を分け分して頂きます。
119.jpgゴボウの唐揚げも注文したが、
120.jpgこれが意外と美味しい。

明石駅で、明石城を眺め(16:58)。
121.jpg新快速野洲行に乗車(17:05)。

車窓から夕暮の明石海峡大橋を眺め、いい気分だったが、
122.jpgその数分後、緊急停止した
車内アナウンスと共にモニターに表示された内容。
123 オリジナル.JPG上下線とも運行を停止させ、警察が現場検証しているとの事。
その調査が長引き、結局1時間半、車内に閉じ込められた

翌日の新聞には記載されておらず、後日ネットで調べると、
>離宮道踏切で、同志社前発西明石行き普通電車が男性と接触した。
その男性は死亡。JR西日本によると、電車の運転士が
踏切に立ち入る男性を見つけ、非常ブレーキをかけたが間に合わなかった。
との事でした。
離宮道とは須磨離宮公園から海岸に向かって下る道です。
鷹取駅辺りから東は高架になるが、そこまで踏切が数か所あります。
現場検証が終了し、運転が再開したのは18:40。
それまで、色んな話をしたり、スマホゲームで楽しんだりしましたが・・。

JR神戸駅到着は18:49。
124.jpg
ホームドアやロープの設置で駅ホームでの転落や接触事故は減っているようですが、
踏切での事故防止に、前時代的な遮断機だけでは辻褄が合わないです。
最近は車内での殺傷や放火事件もあり、防犯カメラの普及も急がれます。
技術の進歩をもっと活かせないものかと思います。



11月7日仲間と、たつの市の鶏籠山(けいろうさん)城跡に登ってきました。
本日10日は11月3日OPENの「兵庫県立兵庫津ミュージアム」に行ってきました。
順次投稿していきます。



長文記事を最後までご覧頂き、ありがとうございました

この記事へのコメント

  • ミクミティ

    播州の置塩城も赤松氏の城でしたか。室町時代、この巨大な山城が赤松氏の居城だったのですね。名門の赤松氏も戦国時代には、かなり衰退していましてよね。様々な内部闘争があったのかと思います。
    それにしても、いつもながら登山と散策の詳細が説明されいるので、自分で登ったかのような気になります。本丸からの眺望は素晴らしいです。瀬戸内海の島々を目にして、気持ちいいだろうなと勝手に想像してしまいました。
    2021年11月10日 21:13
  • アルクノ

    ミクミティさん、早速のコメントをありがとうございます。
    前回の赤松氏関連で、置塩城跡に登ってみました。
    登ってみて、戦うための城と、住むための城との違いが良く分かりました。
    お城全般、特に山城に興味ある方には超お勧めの二城です

    戦国時代は群雄割拠ですから、栄枯盛衰が日常だったのでしょうね。

    楽しんで頂けたようで、何よりです。
    今後も、ライブ感を伴った記述に力を入れていきます

    本丸からの眺望で、瀬戸内海の島々が眺められるとは予想外でして、
    ご褒美を頂いたような気持ちになりました
    2021年11月10日 22:26
  • alice

    こんばんは〜
    置塩城は廃城になったとはいえ、
    古い歴史と五代にわたる赤松家の
    お城だったのですね〜

    餃子の王将はコロナ禍で今期、最も
    売り上げを伸ばしたお店だとニュースで取り上げていましたよ。
    美味しいですものね^^

    保存樹のムクノキ、イチョウの樹木には普通に観られるような樹々とは何処か違う印象があり、無言の迫力が感じられました。御神木のような
    精霊がいらっしゃるような厳かさがありますね。

    雲一つない青空に緑の置塩山がクッキリと映え素晴らしい車中からの眺めを堪能させて頂きました。

    豊受姫命と拝読して確か、お伊勢さんにも似たお名前があったように思いましたが豊受大神と同じでなるほどと思いました。

    登山口から山頂までの道のり、クラクラしましたよ(@_@)
    戦国時代の人達はまだまだ整備されていない坂道を何度も往復したことを想像すると忠誠心というパワーとタフさは凄いですね。

    〝大阪ガス〟に笑えました(笑)
    2021年11月10日 23:15
  • アルクノ

    aliceさん、おはようございます。
    全国山城サミットが開かれた置塩城ですから、
    有名なんですね。見直しました

    「餃子の王将」は私達も大好物で、
    山を下りたら「餃子の王将」を探していました。
    美味しいのであまり喋らず、黙々と食べますからね。
    新型コロナウイルスも退散です

    保存樹のムクノキやイチョウの樹木にそのような思いをお持ちなんですね。
    長く生きて高木となるので、神木に相応しいです。
    再度(ふたたび)公園近くに大龍寺があり、
    神木となったイチョウの黄葉を見る為の参拝客が多いです^^;

    車中から置塩山では?と撮った写真ですが、
    ネットで調べると、当りでした

    豊受姫命と来て、お伊勢さんを思い浮かべるあたり、
    流石aliceさんですね。
    私は全然、ピンときませんでした。
    ピント外れの頭なので、解像度を高めたいです

    十八丁迄の九十九折で頭クラクラしましたか!
    私達はフラフラでした^^;
    でも城跡に入ると、シャキッとするので不思議です。

    「急坂の道が続くときて、大阪ガス!
    その心は?」
    関西向け山歩き愛好家さんに使えそうです
    2021年11月11日 08:30
  • yasuhiko

    「置塩城」は「おじおじょう」と読むんですか。
    初めて聞く名前ですが、戦国時代にこんな立派な山城が
    あったんですね。建物や石垣の一部が、姫路城に
    移築されたという話にはびっくりしました。
    それにしても、九十九折の道は厳しそうですね。
    だからこそ、堅固な山城の役目を果たせたんでしょうけど。
    本丸跡からの展望は、苦労を忘れさせる見事なものです。
    少しでも領地を広げたいと願う、戦国武将の野望
    のようなものが感じられる気がしました。
    2021年11月11日 11:23
  • アルクノ

    yasuhikoさん、「置塩城」は「おきしおじょう」と読んでいますが、
    「おじおじょう」でもいいらしいです。
    Wikipediaやひょうご歴史ステーションでは両方表記されています。
    置塩城解体時に資材の一部が、姫路城に転用された事はあまり知られていないですね。
    赤松氏の無念を和らげるための思いやりでしょうか。

    標高370mへ登る道を、約2kmの九十九折にしている訳で、
    伸ばして、三角形にするとたいした斜度では無いですね^^;
    登山口は標高ゼロじゃないし、十八丁目は山頂じゃないので、
    推察ですが、1の高さへ登るのに6の距離をとっている感じです。

    住むための城ですが、防御態勢も形成していたでしょうから、
    簡単に攻略されない城にしていたと推察します。
    でも、秀吉に対しては戦う前に降伏しているので、
    コッチが白旗城かも

    本丸跡からこの様な展望
    これはご褒美を頂いた気持ちになりました

    周囲をこんなに沢山の曲輪が取り囲む山城を見た事が無いです。
    山上に城下町を形成しようとしたのでしょうか?
    勢力を誇示しようとして、こうなったのかも知れませんね。
    2021年11月11日 18:05
  • eko

    こんばんは!
    標高370mにある置塩城跡まで探索されましたか。赤松氏の居城5代に渡った山城なんですね。曲輪が沢山あって一つの街が造られていたのでしょうね。姫路城の「との一門」がこの山城から移築されたものとは驚きです。
    櫃蔵神社のイチョウとムクノキは立派ですね、御神木なんでしょうね。1340年創建、歴史ある神社ですね。
    置塩城跡までは18丁(約2キロ)それも九十九折の急坂、健脚でなければとても歩けるコースではありませんね。皆さん凄いです。
    本丸跡からの眺望は素晴らしいですね。瀬戸内海まで見渡せるとは凄いです。
    帰りのJRの人身事故は1時間半も車内に閉じ込められて大変でしたね。
    お疲れ様でした。
    2021年11月11日 21:00
  • narayama2008

    こんばんは。

    今回の置塩山にある置塩城、赤松家の居城なんですね。
    赤松家とか黒田家、小寺家それに秀吉の名前を見るとNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」を思い出しました(^^)

    その置塩城のある置塩山、急登が続くのですね。それにストックも借りられるとは親切ですね。
    丁石の1丁は109mなんですね。約2キロ、九十九折の2キロですから結構な運動量になりますね。

    それでも、
    >遊子さんが「急登、急登(キュート、キュート)やねぇ」と言っている。
    >それを聞いて、Sugarさんが「大阪ガスやねぇ」と返してきた。
    >×4名
    >答えは、「キュウトゥ(給湯)と言えば、大阪ガス」。

    のやり取りにはホッコリさせられました

    本丸跡からの展望はやはり素晴らしいです。遠くには瀬戸内海の島々も見えて最高ですね(^^)

    帰りの電車では人身事故の影響で1時間半車内に閉じ込められたのですか。まさかのアクシデントでしたね。お疲れさまでした。
    2021年11月11日 22:59
  • アルクノ

    ekoさん、おはようございます。
    赤松氏の居城として五
    山城としては長く持った方でしょうね
    小さな曲輪は確認していませんが、60もあったとなると凄い事です。
    全てに建物が並ぶと、ちょっとした城下町です。
    帰路、姫路城に向かって「との一門」を確認したくなりました
    全てスクラップにせず、姫路城に使うからと、
    四国平定に向かう赤松氏を説得したような気がします。

    櫃蔵神社のイチョウとムクノキ、見上げる巨木でした。
    由緒ある神社で、赤松氏もお参りしていたんでしょうね。
    祭神も立派で、地元で格のある神社だったと思います。

    18丁(約2キロ)の九十九折は結構大変ですけど、
    丁石が次々出てきて、今いる位置が分かるので安心感があります。
    アップダウンの無い単独峰なので、それを思えば気が楽でした。

    本丸跡から瀬戸内海まで見通せるとは、予想外でした。
    秋になって空気の透明度が増したんでしょうか。
    冬になると、小豆島迄確認できるかも知れませんね。

    JRの人身事故、この辺りで以前にもあったようです。
    線路の下に道路を通す案もありますが、費用の関係で進んでいません。
    須磨駅に近く、人通りもあるので何か対策を考えて欲しいです。
    2021年11月12日 06:12
  • winga

    おはようございます。
    遅ぉなってしまいました<(_ _)>
    山城。日本は山だらけですから山城多いですね。
    朽果てたお城跡もたくさんありますもんね。
    1400年、1500年。。。生まれてなくてよかったです。
    今の時代がいいです。
    そんな急な坂道無理です。
    昔の人って健脚!凄いわ。
    あ!遊子さん危ない!いざお助けに・・・・って共倒れ、或いは私だけ落ちていく(泣)
    置塩城って100年もの歴史があるんですか。
    一丁、二丁って目印が余計にしんどくなりそう(-_-;)
    書写山。好きです。高速下りからチラッとロープウエイが見えますよね。
    何故か見れた時、いつも拍手します。
    アルクノさんのお髭。ご立派!!拍手。
    何でシャンプーされるんだろう。
    女性陣の笑顔もいいですね。
    ゴボウの唐揚げ、美味しそう♡
    2021年11月12日 07:09
  • アルクノ

    narayamaさん、おはようございます。
    白旗山は戦うための城で、置塩城は住むための城でした。
    この両方を見て、赤松氏の山城への捉え方が見えてきました。
    置塩山は尾根というものが無く、山上がなだらかで、住居として適しています。
    一方白旗山は進軍するには、谷筋を上って尾根を進むしかなく、
    城側が一方的に有利になる立地でした。

    NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」でそれらの名前が出てきましたね。

    急登が続くので、ストック(杖)のストック(在庫)がたっぷりでした
    過去に木製はアチコチにありましたが、スチール製はここが初めてです。

    1丁の距離を調べて明確にしてみました。
    丁石を設置するにあたって、正確に測っているのか、
    その距離が時代と共に変遷していないのか?
    そのあたりが良く分からないですが。
    登山口から城跡迄2kmというのが出来過ぎで、
    当時kmという概念が無いのに、何故?と思いました。
    でも約2kmなので、ハイカーには距離感が分かりやすいです。

    「急登、急登→大阪ガス」は関西人にウケると思います。
    大阪ガスは、2府5県83市35町のお客さまに都市ガスを供給しています。
    大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山、滋賀、岡山(瀬戸内市・備前市のみ)
    が出てきました^^)

    本丸跡からの眺望が素晴らしく、narayamaさんにもお勧めします。
    空気が更に澄んでいれば小豆島迄望めるかも知れませんよ。

    須磨から鷹取駅手前まで踏切があるので、なんとかして欲しいです。
    おかげで色んなお話ができましたが。
    2021年11月12日 08:11
  • アルクノ

    wingaさん、おはようございます。
    投稿2日後ですから、素早い対応で嬉しいです。

    戦国期は攻められにくい山城が主流でしたね。
    その後、平山城が主流になります。
    平山城とは平たい丘のような所に築城する訳で、
    姫路城も有名な平山城です。
    近い所では滋賀の彦根城、愛知の犬山城が平山城として有名です。
    平和になると、地べたに城が建つようになります。
    三大平城としてあるのが、
    長野の松本城、京都の二条城、広島の広島城デス。

    山城は保存が困難で、残っているのは僅かですが、三大山城を紹介します。
    天守が現存していて一番高所にあるのが、岡山県にある「備中松山城」で、
    標高430mにそびえるお城です。
    ほかの二城は岐阜県岩村町にある美濃岩村城と、
    奈良県高取町にある高取山の大和高取城で、石垣だけが残っています。
    この高取山は11月下旬に登る予定です。

    私も戦国武士にはあこがれも無く、今の時代がいいです。
    もし生まれていたら、山城へ食料を運ぶ仕事人だったかも^^;
    でも、2キロも急坂登って仕事だなんて、考えられない事です^^;
    wingaさんがここを登る時は、後ろからWでサポート致します

    >置塩城って100年もの歴史があるんですか。
    秀吉が来なければもっと続いていたのかも?
    天下人になると予想していたので、明け渡したのだと思います。

    一丁、二丁の次が山頂だったら良いのに・・。
    と思いましたか?

    書写山が見えるとですか^^;
    楽に登れるロープウエイにもしたいですね。
    私の髭に、恐縮します。
    マスクするとこの髭が口の中へ^^;
    笑い声がムハハになるので、カットしないといけません。
    シャンプーは頭と一緒で、スーッとなる爽快タイプです。
    女性陣、さほど疲れも無く爽快な表情をしてます。

    ゴボウの唐揚げカリカリ、気分爽快です
    (そうかい、そうかい)
    2021年11月12日 09:27
  • mina

    こんにちわ
    沢山の駐車場があって安心ですね
    今回も結構険しい山でしたね
    ロープウェイでも登る事が出来るんですか
    青々とした山と空は見ていて気持ちが良いですね
    大きなイチョウの木、銀杏も沢山落ちていた事でしょう
    急な坂が多かったんですね
    展望は見晴らしが良くて素敵です
    瀬戸内海まで見渡せたんですね
    帰りの事故は予想外でしたね
    無事に帰られて良かったです
    お疲れさまでしたm(__)m
    2021年11月12日 09:53
  • 秋月夕香

    おはようございます。今回も坂の多い急斜面の置塩神社にいかれましたね。
    見るからに坂ばかりのように思います。大きな高さ30メートルの銀杏の木ですね。銀杏も沢山落ちる事でしょう。
    そして登山道の入り口付近、こんな場所にキウイの木が‥大きな実が誰かをまっています。
    そしていよいよ登山、見ただけでも、(私無理~!若い時は平気だったのに)とおもいました。いまでもふるさとの道は険しくても平気ですが(今日本当は行く予定でしたが、天気が悪いのお流れに~)
    遊子さん、あぶない! まさかの~でも良かった、転ばずに。
    つづら折りの坂が2キロメートルですか、ご婦人方もすごい底力ですね。
    私だったらジョークなど浮かばず、喘いでいることでしょう。さすがです。
    十丁をすぎるあたりから、丸太を組み込んだ坂は奈良県と大阪の間の黒んど池に通じる道にもありました。(もちろん距離はちがいます)
    この辺りは大きな石が点在しているのですね。
    18丁目、やっと城跡らしき場所にきましたね。
    二の丸北曲輪群の写真、差し込む光の加減で、とても不思議なステキな写真になっています。
    そして、石垣崩落注意~怖い~ですね。
    やがて本丸に到着。高い山からの眺めはとてもいいですですね。
    お昼ご飯で体力をとりもどして、記念撮影も済ませて、下山。
    何の変哲もない山のようですが、ここでサミットがおこなわれたのですね~。
    そして明石城へ、お疲れ様でした。おいしいものをいただき、ビールのお味はひときわおいしかったことでしょう。
    2021年11月12日 10:07
  • イッシー

    かなりの規模のお城なんですね!
    登るだけでも結構大変そうなところに、みんなを住まわせるんだからいろんな意味で手間がかかったでしょうにね~。そこまでして外敵に備えても守り切れないこともありますよね。
    今の時代の人間で良かった。笑
    2021年11月12日 12:51
  • アルクノ

    minaさん、こんにちわ。
    ここで第十回山城サミットが開催されたので、
    その時に駐車場を整備したのかも知れませんね。
    ロープウェイで登る事が出来るのは、
    来る途中で車窓から見た書写山で、
    山頂からは遠くに鉄塔が写っている山です。

    この3日程前まで、姫路は雨予報でしたが、
    その予報が好転し、秋晴れとなりました
    沢山落ちていた銀杏、ほぼこのオジサンが集め終わった後でした^^;

    冒頭にある写真の山を九十九折で登る事になりました。
    一部緩やかな所がありましたが、ほぼ急坂です。
    遠くは霞んでいましたが、秋に入ったので、
    瀬戸内海まで眺められて良かったです。

    帰りの人身事故、こればかりは予想できないので、
    早く事故処理をと願っていました。
    2021年11月12日 14:56
  • アルクノ

    秋月夕香さん、こんにちは。
    単調な急坂登り道でしたが、写真に撮ったものを眺めたりして、
    多少の変化はありました。
    このイチョウから落ちるギンナン、半端ないでしょうね。
    このバケツに何杯もの収穫だったと思います。

    キウイの他には、クリの木もあり実が落ちていました。
    果樹の本数が少なく、個人用だと思います。
    秋月夕香さんは、こんな山道ムリですか?
    難易度はほぼゼロで、必要なのは体力だけですが・・。
    ここを「ふるさとの道」と思えば、
    ヒョヒョイで登れると思いますよ。

    遊子さん、アルピニストですから。
    こんなの、お散歩道です。
    このご婦人方、これ位は予想範囲でして、
    適度に休憩すれば、へたばることなく山頂です。
    ジョークと笑いが出るので、私も安心していました

    >奈良県と大阪の間の黒んど池
    を調べてみました。
    大阪府民の森「くろんど園地」に「くろんど池ハイキングコース」が出てきました。
    その「くろんど園地」マップ右下に「至くろんど池8分」の表示があり、
    この事ですね。
    今後の検討課題とします。

    点在している石は石垣に使えそうで、
    ここで調達した!と推察した次第です。
    18丁目の手前下に南曲輪群があり、そこからが城跡でした。
    >二の丸北曲輪群の写真・・
    気に入って頂けましたか。
    光と影が強烈で、こんな写真になりました。

    >石垣崩落注意
    は距離を置いているし、ロープの中に入らなければ大丈夫です。
    ただ保全せず、崩れるままというのが寂しいですね。
    本丸跡から北と南西方向の眺めがいいです。
    この二方向以外は樹木が茂っているので、
    間伐してくれると有難いんですけどね。

    ここで第10回全国山城サミットの開催は、予想していませんでした、
    今年2021年の大会を調べると、
    第28回全国山城サミット桑折大会が10月30~31日に開催とあります。
    場所は、福島県桑折町(こおりまち)でオンライン配信による開催だったそうです。
    その解説動画を見ていました。
    城郭考古学の第一人者千田嘉博先生が、伊達氏14代伊達稙宗の居城である国指定史跡「桑折西山城跡」をわかりやすく解説したものです。
    山はなだらかで、城跡は区画を再現していて、当時の雰囲気が出ていました、
    こことは大違いです^^;

    最後は、何時もの明石城近くへ。
    おでんにゴボウの唐揚げをいただき、
    極上のビールで乾杯です
    2021年11月12日 16:51
  • アルクノ

    イッシーさん、第10回山城サミットがここで開催されたぐらいですから、
    有名で、規模も大きかったのだと思います。
    手間暇かけて造った住まいは、2キロも急坂を歩いて、
    山の上ですからね^^;
    それで、食料や生活用品は山上でお買い物できるようにしたんでしょうね。
    そうすると今度は山上へ運ぶ配達人が大変です。
    物価は2倍でしょうか?
    姫路城へ移転は頷けます。
    道路沿いに家が建てられる現代に生まれて良かった
    2021年11月12日 17:15
  • 降魔成道

    置塩城が赤松氏の居城であったことは知ってましたが、訪れたことはありません。なるほどこの様な場所でしたか。なかなか険しい山なのですね。本格的な山城であったことがわかります。これだけの山城だと攻め落とすのも容易でないでしょうね。だから取り囲んで兵糧攻めが行われますが、ここはかなり規模が大きいのでかなり食糧の備蓄が可能でしょうね。全国山城サミット・シンポジウムというのは初めて知りました。これもちょっと面白そうですね。山城跡をゆっくりと散策するのも良さそうですね。それとそちらはまだ紅葉は進んでいないのですね。
    2021年11月12日 22:48
  • アルクノ

    降魔成道さん、置塩城が赤松氏の居城であった事をご存知でしたか。
    ブロ友さんの中で唯一の山城愛好家さんです。
    「赤松氏は嘉吉の乱によって一時没落していたが、南朝方から神璽を取り戻した功によって、政則の家督相続が認められ加賀半国の守護として復興した。その後政則は、応仁の乱で細川勝元の命で播磨へ攻め込み、旧領の回復に努め、代々の居城であった白旗城から置塩城へ居城を移した。」
    とあります。
    戦うため尾根伝いに築いた城から、山上一帯を曲輪で覆う住むための城へ。
    の変化が見て取れます。
    大小曲輪が60以上もあるのは食料備蓄の為とも考えられます。
    秀吉がやって来なければ、居城として存続し続けたでしょうね。

    全国山城サミット・について、
    今年は第28回全国山城サミット桑折大会で、シンポジウムではなくオンライン大会だったそうです。
    場所は伊達氏14代稙宗の桑折西山城です。
    2021年10月30日(土)31日(日)桑折町にて、全国山城サミット桑折大会が開催されたとあります。
    福島県桑折町にあった山城で、その解説動画もあります。
    【福島県桑折町】城郭考古学者千田嘉博先生と巡る桑折西山城 - YouTube
    https://www.youtube.com/watch?v=IlD7Zjx2V_I
    山歩きに繋がる、山城散策を堪能されてはどうでしょう?

    此方の紅葉は11月に入って、中旬~下旬に見頃を迎えます。
    2021年11月13日 07:46
  • すーちん

    おはようございます
    山城は詳しい人に説明して
    貰いながら散策したこと
    ありますが
    ただの坂に見えても色々理由があり
    楽しかったですー
    2021年11月13日 09:18
  • アルクノ

    すーちんさん、こんにちは。
    山城を詳しい人に説明してもらって、楽しい思いをされましたか。
    今度は自分で探索しながら歩いてみてはどうでしょう
    新たな発見が山盛りになるかも知れませんよ~
    2021年11月13日 11:30
  • yoppy702

    タイトルを見て、前記事で城跡が登場したなぁ…と思ってたら、「前記事の白旗城に関連する山城」と書かれてあったので、なるほどと思いました。
    「山城」をクリックすると三記事がありましたが、山城だけでなく城跡となると、今後、このテーマの記事が増えそうですね。(^^)

    ここも、赤松氏。
    この時代は、赤松氏の勢力が大きいですもんね。
    それが、官兵衛が姫路城の城主になるんですもんね。

    戦国時代は山城が多いですけど、ここも自然の要塞の要素バッチリですね。
    今でも登るのが大変そうやもん。(^^)
    ホンマ、こういう所に、良く築城できたもんですね。
    昔の武将は、武士でありながら土木建築者と言いますし、資材も人の調達力もありますもんね。

    石垣は残ってるんですね。
    十八丁…一丁が110m程(やったかなぁ…)やから、ここまででも約2km。
    ここまで敵が上って来ても、チカレタ~ってなりそうや。(^^)

    さすがに、展望が良いですね!
    登って来ると、この眺望にウットリしますけど、当時は、見張りも兼ねてたんでしょうね。

    明石城公園で、お城二本立てかと思いきや、打ち上げやったんですね。(^^ゞ
    お疲れ様でした。(^^)
    2021年11月13日 12:17
  • アルクノ

    yoppyさん、山城と言えば大体が城跡なので^^;
    それに兵庫県ではこの時代は赤松氏が牛耳っていたので、
    前回の白旗と置塩は外せない状況になっています。
    県内山城では18きっぷ利用も考えていますが、
    次回は、奈良の山城(城跡)を予定しています

    このあと、赤松氏は四国へ転勤^^)
    姫路城は、
    1333年、姫路城のある地に、赤松則村により砦が築かれたことから歴史は始まりました。
    1546年、姫路城内で官兵衛が誕生しましたね。
    50名近い歴代城主の中、城内で生まれた城主は官兵衛ただ一人といわれています。
    その日、珍しく姫路が雪一面に覆われたそうで、
    この稀有な現象に家人達は「英雄誕生、家門繁栄の吉兆」と喜び合ったとか。

    この置塩城の住人、全員健康体だったと思います。
    2キロの急坂を頻繁に登り降りですから^^;
    か弱い女子はここで足止めかも?

    腕力があると、戦いでも威力発揮しますし、築城や修繕でも有用です。
    大工さんが武士に取り立てられた事があったカモ

    石垣は姫路城へ持って行かれ、一部残ってる状態です。
    敵の武士が山歩き未経験者だと、本丸へ辿り着けない^^;
    でも、秀吉が近付くと直ぐに降伏ですから。
    此方が白旗城?

    見張り番の応募者が多すぎて、抽選だったと思います
    その見張り番、
    眺望にウットリして、サボっていたかも

    明石城公園で菊花展が開催とは知りませんでしたが、
    時間的に、打ち上げ場所に直行でした。
    ゴボウの唐揚げ、美味しいですよ
    2021年11月13日 13:49
  • ひらひらと

    九十九折登山道、
    とてもきつかったことでしょうね。
    でも、『キュート、キュート』のやりとり、
    とてもキュートで、厳しさのなかにもゆとりや喜びが感じられて、
    他人事ながらつい微笑んでしまいます。
    本丸跡からの眺め、素晴らしい!

    どうもお疲れ様でした。
    打ち上げのビールもおつまみもとても美味しそう。
    2021年11月13日 14:09
  • アルクノ

    ひらひらとさん、難易度は☆一個で^^;
    ハイキング練習所みたいな感じです。
    ここを普通に登れるようになったら、色んな山に挑戦してください。
    みたいな登山道でした。

    『キュート、キュート』のやりとりで楽しんで頂けましたか。
    私達も楽しんでいました

    白旗山は眺めがイマイチだったので、
    その分この置塩山で取り戻した感じです

    何時もの事ながら、とアテで生き返りました
    2021年11月13日 14:48
  • セラ吉

    アルクノさん、こんばんは。
    兵庫県にこれだけ山城があるのですね。
    平和な時代にはお月見もできましょうが、
    敵が攻めてくると、兵糧と水には苦労しそうですね。
    私が攻める方の頭でしたら、水責めの作戦を取るでしょう。
    今日は久しぶりに友ヶ島に渡り歩きましたが、
    アップダウンがあり水害のせいで、石ころの悩まされました。

    話は変わりますが、一度赤松家を調べたいと思います。
    2021年11月13日 20:20
  • Yoshi

    こんばんは、化粧前の姫路城に行きましたが戦略的な交通の要所のようで、ここも色々と覇者が変わり山城を築いた場所なんですね、この程度の高さの山が住み着いたり城下(里)に降りたりで丁度良いく、片側は川が流れ急斜面の縄張りは山城に最適な場所のような気がします、下山していつものビールが美味しそうです。
    2021年11月13日 20:27
  • アルクノ

    セラ吉さん、こんばんは。
    トレーニングの為と、歴史探索の為、
    山城はとてもいいと思っています。
    車で1時間半ぐらいの所に色々あって、
    行ってみたいと思うようになりました。
    実は、播磨の山城で調べると色々出てきた次第です。
    攻めるとしたら、水責めが効果的ですね。
    私の場合、アルコール攻めでへたばります
    今日は久しぶりの友ヶ島攻めでしたか。
    そこは、石ころ攻めで悩まされるんですね^^;

    赤松家及びその関連も含めて調べると・・、
    戦国期のかなりの部分が出てくると思いますよ。
    2021年11月13日 21:27
  • アルクノ

    Yoshiさん、こんばんは。
    姫路城で、戦略的な交通の要所であることを感じられましたか。
    山城の事もよくご存じで、これらの写真で置塩城の概要が理解できたでしょうか。
    赤松氏の歴史を紐解くと、元祖兵庫県・播磨の国の事が理解できると思います。
    私も立地の良い置塩山に山城を築き、広いエリアを確保していたのは流石だと思いました。

    いつもの、これがあるので止められませんね
    2021年11月13日 21:43
  • とわ

    おはようございま~す
    置塩山?どう読むんだろうと読み進めていくと・・・
    置塩城跡のお写真でフリガナが^^ 「おじお」と読むんですね。
    赤松氏が築城して衰退するまで100年ほどあるのかな、たかが100年されど100年。その間に激しい戦いだとかお店などもあったりしてその時代の暮らしがぼんやりと見えて面白かったです。
    ”キュートキュート”大阪ガスなんですか、ナイスです(笑)
    女子は強いんですよ^^ こんなに険しい坂も笑い飛ばして進んでいきます、頼もしい~。
    はい、アルクノさんもグーです!(お写真^^)
    途中、急な坂ばかりでしたがさすが頂上まで行くと、見晴らしがいいですね~。
    電車が止まっちゃったりして想定外だったでしょうが
    すし処「道場」ここで疲れを癒し楽しい会話が嬉し楽し、ですね。
    お疲れ様でした~!
    2021年11月14日 08:48
  • アルクノ

    とわさん、おはようございま?す
    置塩山の読み、yasuhikoさんからも同様の?がありました。
    置塩城跡の写真にフリガナがあるので、
    特に記載していませんでした^^;
    Wikipediaやひょうご歴史ステーションでは、
    「おきしお」「おじお」と両方が併記されています。

    百年の歴史となると、昭和+平成+今までの令和+αですから、
    相当長~いです^^;
    昭和元年は1926年で、まだ100年は経過していないんですから。
    昭和初期の様子をテレビで見たことありますが、
    現在とはドエライ違いでした

    ”キュートキュート”は大阪ガスなんです
    急坂を上っている時、「大阪ガスや~♪」と発してください。
    笑顔が生まれると思います。
    いざという時、女性が強いです
    この先、女性の平均寿命が100年に達すると思います
    私はチョキでもパーでもなく何時もグーなんです
    頂上まで行くと、その上は何も無く、見晴らしいいです
    樹木がチョットジャマ~でしたが^^;

    1.5時間も電車が止まっちゃったりして~
    明石海峡大橋の前で、止まってくれたら良かったのに~
    と話していました
    夜は明かりが点灯してパールブリッジになるんです

    すし処「道場」で疲れを癒し、
    お喋り、楽し嬉し~でした
    2021年11月14日 10:00
  • クリム

    西明石駅9:05集合出発。
    自分の手帳にも書き込みたくなりました^^
    バーチャル山登り、楽しませてもらえました。
    高さ30mのイチョウの木。写真を拡大してみると、木がどんどん近づいてくるような錯覚をおぼえました。
    アルクノさんのガッツポーズのお写真。力強いですね~。
    銘菓やせうま、美味しそうです。検索してみましたよ。大分の郷土料理を和菓子にアレンジし、きな粉で作ったおやつなのですね。
    ごぼうのから揚げも美味しそう?
    「ストックのご用意を」
    次回の記事も楽しみにしています。
    ギャグのストックは足りていますか(^^♪
    2021年11月14日 11:47
  • イエティ1号

    置塩城は全国山城サミットが開かれた所なんですね。
    如何にも城跡のある厳しそうなお山。
    レンタルのストックが置いてある、と言うだけでも想像出来ますね。
    厳しい登山だけでなく、城跡の曲輪や岩、石垣などお城が大好な方々にとってはたまらないお山なんでしょうね。

    それにしても改めて健脚の皆さんに感心しきりです。
    ゴボウの唐揚げ美味しそう~。

    人身事故の影響で大変でしたね。
    私が良く使う線でも最近は人身事故が多い様な気がします。
    これもコロナで影響を受けたお気の毒な方々がいらっしゃるからかしら?なんて思ってしまいました。
    2021年11月14日 12:08
  • アルクノ

    クリムさんも場所と時間をこんな風に指定して集合ですか?
    何時もの場所なのでこんな風に書いていますが、
    本当は「西明石駅西口エレベーター下9:05集合→出発」なんです。

    バーチャルで楽しんで頂けたようですが、
    クリムさんの場合、あと少しでリアル体験できるレベルだと思いますよ。

    高さ30mのイチョウの木の写真。
    輝度調整して繋ぎ目が解り難いようにすべきでしたが^^;
    そんな風に言ってもらえて嬉しいですね。
    ガッツポーズの写真は、
    チョキでもパーでもなく、グー(Good)ですか?
    ありがとうございます

    「銘菓やせうま」を検索して頂きましたか。
    味は極ウマです
    ごぼうのから揚げは、御主人の為に作ってあげて下さい。
    「極ウマだ~」と、言って貰えると思います。

    ギャグはストックせず、現地調達することが多いです
    今回はスタート時点で、ストックを現地調達していますから
    現地調達できるかどうかは、予習しておけばOK牧場!
    2021年11月14日 14:53
  • アルクノ

    イエティ1号さん、置塩城で全国山城サミットが開かれたとは知りませんでした。
    有名な山城として、認識を新たにした次第です。
    置塩山を覆うようにして山城が広がっていた訳で、山城としての格を感じます。
    無料のスチール製レンタルストックが置いてあるのはここが初めてです。
    山城サミット開催の後、こうなったのかも?
    たいていは、山中で調達した枝を杖として置いています。

    ここは曲輪が60以上もあって、それだけでも凄いです。
    多くの人が暮らせるよう、食料備蓄も大量でしょうね。
    日用品や衣服もここで調達できないと生活できませんしね。
    この時代の石垣は石を積んだだけの簡単なもので、豪雨があると崩れます。
    補修に使えそうな石がそこらに転がっているので、
    立地が良いという事でしょうか。

    2キロの急坂→しんどいになりますが、
    危険個所が無い、岩登りやチェーンが無い、滑落しそうな狭い道ではない。
    と考えると、楽な山登りになります。
    過去の山歩きと比較すると、難易度は☆一個です。

    ゴボウの唐揚げは、簡単に作れて美味しい一品になると思いますよ

    緊急事態宣言が解除されましたが、
    それでも職にありつけない方が多いのかも知れません。
    報道されない踏切事故が多いです。
    自民党は困窮世帯に現金支給を考えていましたが、
    公明党の影響で18歳以下の子を持つ世帯にとなりましたね。
    これは将来を見据え、18歳以下の子達に焦点を絞り、
    投票先を自公連立政権へ誘っている様に見えます。
    2021年11月14日 15:54
  • がにちゃん

    快晴の中の山城登山
    結構急な登りのようですね
    これは攻めにくいでしょうね
    絶妙なトークで笑い 美味しいお菓子で疲れも飛びますね
    楽しそうな登山 いいですねぇ!
    最後はやっぱりで・・・
    これは 止められませんねぇ
    電車が・・・1時間も車内に・・・大変でしたね
    お喋りとゲームで時間つぶし なるほどですね
    一杯飲んだ後 私なら寝てしまっているかもぉ~です(-_-)zzz
    獣捕獲用の籠は 猪?鹿?でしょうか




    クと
    2021年11月14日 17:13
  • つばさ

    健脚5人衆の揃い踏み、
    やはりこのメンバーで歩かれるのが、一番楽しそうです。
    同じコースを登られる方にとっては、親切なガイドブックに
    なりますが、私はただただ、感心しながら拝見するのみです。
    楽しさが伝わってきます。
    最後は電車のアクシデントもありましたが、最近の様な
    逃げ回る必要のないもので、まあ、良かったとしなくては
    いけないかもしれませんね。
    ご無事が何よりですもの。
    2021年11月14日 17:50
  • アルクノ

    がにちゃん、秋晴れの中、山城に登ってきました
    敵はこれを登る途中で疲れ果てるでしょう。
    山上には元気な味方がいるので、勝負になりませんね。
    それで兵糧攻めになる訳です。
    それも考えて、山上で食料備蓄をしていたと思います。

    何時も冗談云い合って、山に向かっています。
    何処かへ出かけた方のお土産も楽しみの一つなんです。
    最後は毎度のビールとアテで・・
    中ジョッキ一杯ですから、皆さんオメメパッチリ、お喋りOK牧場

    >獣捕獲用の籠は 猪?鹿?でしょうか
    両方の可能性があります。
    山中、猪の堀跡があったので、猪は確実にいます。
    鹿は、この地域に生息しています。
    果樹は餌となるキイウイと栗がありますからね。
    2021年11月14日 18:14
  • アルクノ

    つばささん、ありがとうございます。
    普通の山歩きを継続してるだけですが、
    健脚と言われるようになりました。
    そうなんです、この様に詳しく書くようになったのは、
    このコースを歩かれる方を考えての事なんです。
    私も別の方の記事を参考に歩いていますが、
    1~2ページ程度の物が多くて、細かい部分のイメージが湧かないです。
    詳しく書けばバーチャルでも楽しめるかなと思っています

    そうですね、人身事故が外なので、
    事故に遭われた方の心配はしていましたが、
    私達は安全でした
    2021年11月14日 18:28
  • ゴンマック

    おはようございます。
    置塩城、岩もゴロゴロでハードでしたね。
    でもみんな笑顔、キュートのギャグまで飛び出して
    アルクノさんと、元気印の仲間達、お見事です。
    遊子さんのパワフルさにはいつも感心します。九州へ行かれて
    その後でなんですね。どこまで進むのかしらなんて思いながら
    長文読ませて頂きました。?ビール美味しかった事でしょうね。
    2021年11月15日 09:52
  • アルクノ

    ゴンマックさん、おはようございます。
    置塩城は、登山道が整備されている方でしたが、
    周りは石ゴロゴロで野生的な感じでした。
    今回はキュートなギャグで盛り上がりましたね

    遊子さんの健脚は鍛錬の玉物です。
    それに北海道から九州まで飛び回っていて、
    いろんなお話を提供してくれるので楽しいです。

    実際はもっと盛沢山なお話がありますが、
    絞り込んで記述しています
    皆さんのコメントから、一度に読めるのは7千文字が限界みたいで^^;
    それを上限ラインにして書き込んでいます

    のお味が最高ですね。
    経験を重ね、コップ半分も飲めなかった方が、
    一杯飲めるようになりました
    2021年11月15日 10:21
  • ミキ

    置塩山は一見なだらかに見えますが、なんとすごい
    九十九折の悪路ですね、道なき道のキュートー!
    しかし皆さんお元気で頑張りますね。
     置塩城は60もの曲輪があったとか、備えの
    大きな山城だったようで驚きです。
    なのに100年で破城、山城で100年続いたのは
    やはりすごい事なのでしょうか。一部を姫路城に
    移築するほどですから堅牢だったのですね。
     帰りの電車でアクシデントがあったようで大変でしたが、
    いつも通りビールで打ち上げ、お疲れさまでした。(^^♪
    2021年11月16日 00:10
  • アルクノ

    ミキさん、コメントをありがとう御座います。
    これは、短いスパンでの九十九折で急坂になっていますが、
    観光地にある遊歩道はスパンを長くして、なだらかな九十九折にしていますね。
    そうすると距離が長くなり工事費が大変です。
    整備不足の野性的な山に行くと、急登が直登になって^^;
    チェーンにロープ&岩登りになります^^;
    これは親切な登山道と言うべきで、有難く登らさせて頂きました
    白旗城の、谷筋に石ゴロゴロ道に比べると、
    地獄と天国程の違いがありました

    置塩城は曲輪の数で、規模の大きな山城であったことが分かります。
    食料備蓄もあったでしょうけど、
    生活するための商店が並んでいた可能性もあります。
    家臣の家族も含む住居となる屋敷もあったでしょうし、
    山上の城下町を形成していたという説もあります。
    お城通勤に、九十九折2キロの上がり降りは大変ですから^^;

    例えば、家を建てたとして、100年そこに住むって凄い事だと思います。
    昭和元年から現在まで95年ほどしか経過していないんです。
    昭和初期の映像をテレビで見たことがありますが、隔世の感があります。
    その時住んでいた方達の家、もう何処にも無いですよね。
    ここには、家臣の屋敷が100年あった訳です。
    更にお城の修繕や改築、これに膨大な資金が必要です。
    もう取り壊す時期に来ていたのかも知れませんね。

    全て棄てるのはもったいないので、使えそうなものを姫路城へ。
    納得の対策で、四国へ向かう赤松氏も安堵したんじゃないでしょうか。

    帰りの新快速でのアクシデント!
    明石海峡大橋のところで停車して欲しかったと、
    喋っていました^^;
    夜は灯りが点灯して、パールブリッジになります。
    でも、美味しいビールでとても良い1日になっていました
    2021年11月16日 06:16
  • ミキ

    置塩城100年の歴史についての詳しい解説、
    とてもよくわかりました。
    一言で100年と言いますが、すごい事なのですね。
    ありがとうございました。(^^♪
    2021年11月16日 22:03
  • アルクノ

    ミキさん、返信コメントまでありがとうございます。
    過去100年を振り返ろうとすると、
    それすらなかなか難しいですよね。
    この時代は人生50年と言われていましたから、
    現代より長く感じる時の長さだったかもしれませんね。
    2021年11月16日 22:22
  • すずりん♪

    次の記事が更新されてからの遅いコメントですみません。
    置塩城は100年余で廃城になったそうですが、その建物や石が姫路城に行ってたとは合理的ですね。山から運ぶのはちょっと大変だったかもしれませんけれど。
    白旗城に比べればまだ登りやすそうですね。
    さすが遊子さんパイプに乗って滑ってもおっととですんで良かったです。
    それぞれの曲輪で昔の様子を想像するのもいいものですよね。
    それに生き帰りの皆さんのおしゃべりがなんとも楽しそう!
    キュウトウ、キュウトウの会話には、私も思わず「ノーリツもあるでよ~」と加わってしまいました。
    本丸の眺望もご褒美になりましたね。
    山城サミットなるものがあるんですねぇ。知らなかったです。
    打ち上げまで順調だったのに、JRの人身事故の影響で閉じ込められたのは思わぬアクシデントでしたね。みなさんと御一緒に楽しく過ごされたようで良かったです。神戸から京都までおひとりなのはちょっと寂しかったかな。
    あっ美味しそうなスティック状のものは何かと思ったらゴボウだったのですね。
    次の記事は後日なるべく早く拝見させていただきます。
    2021年11月18日 22:18
  • アルクノ

    すずりん♪さん、コメントをありがとうございます。
    この先投稿予定が目白押しでして、間隔を縮めています。

    昔の城ですから100年経過で老朽化し、戦う気力も無かったような気がします。
    門は作り変えていて新しかったのかもしれないし、
    石は老朽化しないので転用できたんでしょうね。
    馬が引っ張ったんでしょうけど、姫路まで10kmですから大変です。
    お城通勤も大変ですが、谷筋じゃなくて九十九折ですから随分ましです。
    遊子さん、運動神経抜群ですから
    ここは家臣の屋敷、ここは野菜売り場とか想像してました
    急坂の下は見張り台でしょうね。

    >「ノーリツもあるでよ~」
    次回があれば使わせて頂きます

    姫路から10km北で、瀬戸内海の島々が見えるんですね。
    しげしげと眺めていました

    >山城サミット
    私も知りませんでした!
    全国を巡っているので旅行先にいいかもしれませんよ。

    JRの人身事故の影響で1.5時間隔離です
    神戸のJR、須磨から鷹取まで路面電車になっているので、
    これを何とか改善して欲しいです。
    京都へ向かうSugarさん、寝てたと思います^^;

    ゴボウの唐揚げ、美味しいです。
    ご主人、喜ばれると思いますよ

    またのお立ち寄り、待ってま~す
    2021年11月19日 06:19
  • アルクノ様、お邪魔します。
    あっ記事が増えていてとてもうれしいです。楽しく読ませて頂いています。大きなお写真で、イチョウの木なんて、まるで実物を見上げるようでした。確か写真を横につなげる手法は拝見したのですが、そうか、上と下もありで、自由自在ですね!置塩山、ものすごい山城だと思いました。攻めるのもたいへん、暮らす人もたいへん。三丁、八丁、と数字が増えるたびに、ふーとため息をつきました(←一緒に登っているつもりで汗)こんな急坂の山城、みなさんおわかいです。お疲れ様でございました。前回のヤマヒルのお話、衝撃でした(涙。服の中から登ってくるのですね、きゃー!です。みなさんお気を付けて下さい。素敵な登山のあとの人身事故(涙、お疲れ様でございました。楽しかったです。もうひとつの記事また拝見にきます。
    2021年11月20日 18:10
  • アルクノ

    名無しさんへ
    コメントの内容から、絵日記担当さんですね
    斜めは経験無いですが^^、
    写真は上下にも繋ぐ事が出来ますよ
    縦に繋ぐと、記事に表示される写真の面積が広くなって、
    迫力が出ます。

    置塩山の置塩城は暮らす為の城ですが、
    家臣の屋敷も多くあったようで、
    実際はどんな姿だったのか想像したくなります。
    お城への通勤に2kmの上がり降りは疲れるでしょうから、
    家族と一緒に住んでいたのかも?

    現実感を出す為、丁石も撮ってみました。
    イメージ・ハイキングでお疲れですか?^^;
    チョッと滑りやすい所や段差の大きい所がありますが、
    危険個所が無く、気楽に登る事が出来ました

    前回のヤマヒルのお話、
    衝撃のきゃー!でしたか^^;
    梅雨から夏場にかけて山歩きする場合、
    裾を縛る紐又はマジックテープ付きのベルトをお持ちください。
    そのベルトは、百均の自転車用品売り場に置いていますよ

    電車に長時間閉じ込められ、お喋り三昧デシタ
    2021年11月20日 20:06

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