鵯越駅(9:46)~ひよどり道分岐(10:06)~鵯越三等三角点(10:32)
~展望広場(10:43)~鵯越の逆落とし現場(10:51)
~新湊川出会い(11:23)~昼食場所・源八寿し(11:58)
所要時間は前回とあまり変わらないが、鵯越三等三角点は標高214.6mあり、
カロリー消費量としては前回の倍程度あるでしょう。
休憩と撮影ポイントでの足止めがあり、実質1.5時間コースだと思います。
山歩き経験者なら軽い足慣らしでしょうか。
ただ前置きが長いのでご注意を^^:
前記事の「鵯越駅から烏原貯水池を眺めて新開地へ(2021.09.13・月)」
から8日後に、これを実施した。
前回は下り道ウォーキングでしたが、今回はアップダウンのあるハイキングです。
ウォーキングからレベルアップしたい方、
いきなりの山歩きは怖いのでその入り口付近を歩いてみたい方、
山に設置された遊歩道が希望の方。
今回はそんな方にうってつけです。
お願いしたい装備と準備は、
トレッキングシューズ、飲料水、非常食、手袋、山歩き未経験の方は杖。
私はスニーカー、飲料水、小型ミラーレスカメラ。
鵯越(ひよどりごえ)駅という名称は、「鵯越の逆落とし」との関連が深い。
源義経は、僅か七十騎で平家の大群を倒したといわれている武士。
頭脳明晰で戦略家でもあったと、もっぱらの噂。
平安時代末期、今から800年以上前のお話。
『吾妻鏡』によれば・・・
1184年(寿永3年)2月7日早朝に、一ノ谷の戦いが始まったとある。
「鵯越の逆落とし」のあと平家の残党は四国へ逃げ、滅亡していく。
その歴史の舞台に登場するのが、「鵯越の逆落とし」と言われるポイントです。
この大舞台は何処なの?で大論争になった。
一つが須磨の西にある「一ノ谷」で、今一つがここ「鵯越」。
この鵯越で調べると、
「播磨・摂津の境の一ノ谷(現,神戸市須磨浦の西)の北の山ノ手の称。
ヒヨドリが春秋にこの山を越すので〈鵯越〉の称が生まれたという。」
この様に、須磨にもあるのでややこしい訳です^^;
区別するため須磨は「一ノ谷」としておきます。
この論争は「一ノ谷」の方が優勢となっている。
何故か?
須磨「一ノ谷」の下には山陽電鉄が走っていて、
兵庫・鵯越駅には神戸電鉄が走っています。
神戸電鉄の広報部は弱体化していて、ほぼ宣伝力が無い^^;
一方、山陽電鉄は西の海沿いなので観光地があって、宣伝能力も優れている。
山陽電鉄各駅には看板を多く設置して地域のアピールもしています。
一方鵯越駅のホームには何の表示も無い^^;
鵯越駅を出ると飲料用自販機はあるが、目立った飲食店が無い。
そもそも、鵯越駅周辺には寛げる場所が無い。
その結果、「須磨 一ノ谷」は有名になったが、
「鵯越の逆落とし? なにそれ!」となった^^;
でも、とって付けた「鵯越駅」という名称では無い。
周辺には神戸市兵庫区鵯越町、鵯越筋、神戸市立鵯越墓園、
鵯越大仏、ひよどりごえ森林公園があります。
ここで知名度逆転を狙うべく、
アルクノが「鵯越の逆落とし」をアピールしていきます

そもそも、何故東西に鵯越があり、何故急坂があるのか。
それは、両方が平家攻めに利用された事で、この名称が残っていると考えた。
双方向攻めで、平家軍が大混乱をきたし、
敗北~滅亡へと繋がったと想像しています。
その根拠は?
源氏の義経軍は三千騎で平家討伐に向かっていた。
三千騎は目立つので、地元民の案内を得て山間部を選んで進軍します。
現在の神戸に入って以降、丹生山にある義経道と言われる山道を下り、
その後、鷲尾家一族の案内を得て藍那古道を進軍し、
藍那で精鋭七十騎と大群とに分かれる。
その別れたポイントが実在する。
藍那駅から歩行者用藍那トンネルを経て清和台方面へ向かう道に、
あいな里山公園があり、そこに相談ヶ辻という分岐がある。
右へ行けば白川~須磨・一ノ谷。
そのまま下れば鵯越~福原になる。
福原は平清盛が遷都を考えた場所で、清盛の邸宅も残る平家の聖地。
ここで平家一族は復権を狙っていた。
現在、相談ヶ辻には「相談ヶ辻の家」が建てられ、観光地になっています。

当時、この様な家屋はなかったと思うが、ここで軍議を開いた。
内容は、鵯越の逆落としに向かう精鋭七十騎を誰にするかだと思う。
熊谷直実率いる残りの大群は、西の須磨一ノ谷方面に向かった。
兵庫から7~8km西にある須磨一帯は、山を下ると須磨浦という砂浜が広がる。
細い急な谷を三千騎が下ると丸1日かかるでしょう^^;
多分、鉄拐山(てっかいさん)~鉢伏山一帯を下って須磨浦に出たと思う。
複数の急坂を一気に下って平家軍に襲い掛かった訳です。
平家軍は東西に細長い神戸の海沿いに散らばっていたので、
最初は三千騎対少数平家軍の戦いになる。
そこで平家軍は兵庫から西へ西へと兵を進める。
いわば、おびき出し作戦!
須磨浦海岸で大戦争になり、東の兵庫が手薄になって来る。
義経率いる七十騎は相談ヶ辻から現在の星和台~鵯越墓園~イヤガ谷から
手薄になった兵庫・本陣めがけて怒涛の如く攻め入った訳です。
鵯越墓園には高尾山(403m)があり、山頂直下に義経馬つなぎ松がある。
夜、この山頂から灯りが目立つ平家本陣を確認し、一夜を過ごしたのではないか。
義経馬つなぎ松には以下が書かれている↓
『1184年2月6日(現3月26日)晩、福原に集まった平家の10万の
軍勢を攻めるため、義経の軍勢がここに集まり、合戦の相談をした。
高尾山山頂より眼下を見下ろすと、和田岬の周辺には総大将宗盛と
安徳天皇を守る平家の軍勢が篝火を焚き、火の海をつくっていた。
義経は平家がつくる火の海を海女が藻塩を焼いている火と見なし、
「海女に逢うのに武具はいらいない」と笑いとばした。
山頂から戻った義経が、武者たちが囲む焚き火の中に加わると、
枝ノ源三が、翁と16才と13才の兄弟を連れて来た。
義経はこの兄弟を道案内人として戦うことに決め、70騎の逆落しの部隊と、
逆落しを助ける岡崎四郎の軍勢とに分けた。 翌朝、わずか70騎で
10万の平家を敗走させる、「鵯越の逆落し」と呼ばれる有名な戦いが行われた。』
しかし70騎で10万の兵を敗走させるのは不可能^^;
この10万も大げさで、地元農民かき集め兵三万では無かったかと思う。
そこで熊谷直実率いる、つわもの兵三千が須磨一ノ谷を下って平家軍陽動作戦をとった。
鵯越墓園の東にあるイヤガ谷を下ると鵯越駅になるが、
イヤガ谷川は烏原川と合流して、烏原村へ下る(前回烏原貯水池で紹介済み)。
原っぱをプラプラ進むと、平家軍のパトロール隊が「義経メッケ~!」で、
平家討伐失敗となる^^;
そこで烏原川を離れ、再び山に入る訳です。
その山コースを紹介していきます。
以下本編です。
鵯越駅で、新開地から上がって来る4両編成の電車を撮影(9:46)。

鵯越大仏~義経馬つなぎ松~高尾山へと向かう事が出来る。
私は左へ。
直ぐの飲料水自販機を過ぎると、
アルコール飲料の自販機がある。



グレープフルーツ入り、アルコール6%で100円!
この地域の方、アルコール飲料が大好きなのか、空き缶山盛り



擁壁の上の雑草が切り落とされています。

階段下って、


駅から600m下った所が地蔵前広場で、休憩所がある。

イヤガ谷を下って来た義経軍はここから山に入る。
そこに前回出会ったハチワレのクロちゃん。
「元気だった?」と声掛けすると、

私は、飲み干した「チューハイ気分」缶をザックに収納する。
これで気分良く歩けます

休憩所からは道標がご案内(10:06)。


で、私はこんな靴。

道の名前も「ひよどり道」とある。


しかし、古道の「鵯越道」でもある。

藍那から鵯越墓園~鵯越駅~鵯越展望公園~兵庫津(現在の兵庫港)へ至る道です。
平坦道では無く山道を行くのは当たり前で、こんな道だったと想像します。


堰堤が築かれているが当時は山越えの急坂だった訳です。


ここで距離表示。


次の堰堤


上がると、鵯越の感じがしてくる道。

更に階段は続く。


周りの傾斜でここの地形が分かるでしょうか。

その先も階段があり、


かなり登ったな~、となって、


疲れた方へのリタイアルートも用意されているが、

あと300mはこの道のゴール地点にある展望所の事。



見晴らしの良い山頂です(10:32)。

ここには鵯越三等三角点があり、調べると標高は214.63m(三角点は撮影し忘れ^^;)。
鵯越駅の標高は134mあり、そこから坂道を600m下って、
地蔵前広場は標高108mです。
大袈裟に書いていますが、ここ214.6mとは100mチョイの標高差でした^^;
この菊水山と鍋蓋山、
両座の間にあるのが天王谷(てんのうだに)で、そこに天王谷川が流れている。
天王ダムを経て、雪御所町で石井川と合流し、新湊川となる(前回紹介済み)。
この三角点から分岐があり、急坂を下ると烏原貯水池横にある亀の甲広場に辿り着く。
菊水山の山稜左側をズームすると石井ダムが確認できます。


烏原川沿いを上流に向かって進むと分岐があり、右は菊水山、左は石井ダムになる。
そのダム下から300段余りの階段を上がると堤体の上へ出る。
水の少ないダム湖脇の舗装路を進むと、鈴蘭台駅に辿り着きます。
義経が眺めたのはこの景色でしょう。兵庫津があった辺り(遠くがピンボケ)。

ベンチもあるので、一休み。

ここから階段下ると、

ひよどり展望公園の四阿(あずまや)になる(10:38)。


その脇には芙蓉の花が咲いていて、

追記)
残念ながら、これはよく似ているムクゲ(木槿)という事でした。
教えて頂いたekoさん、ありがとうございました

四阿の天井には何やら掲示されています。


義経が眺めたのは、西の海岸でしょう。

熊谷直実率いる群と平家軍との戦いが確認できたのかも。
ここから右へ下ると鵯越の逆落としの現場になるが、


階段をチョコッと上がると展望広場です(10:43)。

東側、三宮方面は見通せます。

神戸港~ポートアイランドはこの右側の樹木に隠れて、見えない。
休憩所になっているが誰も居ませんね。

戻って、四阿の手前から、



これが「鵯越の逆落とし!」(だと勝手に思っている)。
地図があるので、赤のラインで今回の経路を示します。

当時トンネルは無かった訳で、急坂は緩和され、馬でも下れた。
これが鵯越の逆落とし現場(10:51)。


前夜の内に樹木を切り倒し、下れるように準備をしていた(多分)。
私はなだらかな道を下る。


トンネル掘削前はこのような傾斜度だったと推察できる。

現在その下は滝山町バス停で、


源氏の大群が山から降りて来たと大騒ぎ。
(鐘や太鼓を打ち鳴らし、大軍に見せかけていた?)
船を係留している海岸へと走って逃げる。
下ると、須磨浦から押されてきた平家軍がいて大混雑。
雇われ兵ですから敵も味方も解らず、味方同士で戦う始末。
もう、海へ飛び込むか、船に乗るしかない。
定員オーバーとなって漕ぎ出した船はどんどん海底へ沈んでいく^^;
これが、アルクノが考える平家滅亡のストーリーです。
ただこれには別の記述もある。
「義経本軍は鵯越を通らず一ノ谷へ。
多田行綱(ただゆきつな)率いる別働隊が鵯越を通り夢野口へ。」
夢野口陣所は神戸市兵庫区氷室町に実在する。
私はこれでは夢が無いと思い、今回の説を主張しています。
このバス停前から眺めるトンネル。

私はコンビニでトイレを拝借し、食糧調達。

歩きながら、「罪なきとんかつ」をカリカリ食する。
この下に歩道橋がある。



これ以降は市街地化されて、古道は無い。
私は義経率いる七十騎と別れて、舗道を下る。
(歩道橋渡った先で南ゲート~花木の山公園に行く事も出来る。)


下った所は兵庫区鵯越町6丁目。


更に下ると、


これは左方向ですが、坂道は続く。



下に聳える電波塔はNTTの物で、

下り終えた所は、新湊川の川筋になる(11:23)。

右に会下山があり、トンネルに入って長田神社の方へ流れて行きます。
その上に「湊川隧道」とあるのは、この下に古いトンネルがあり、

隧道内では定期的にコンサートも開催され、その模様をレポしたことがある↓
近代土木遺産の湊川隧道で開催されるコンサート(2015.09.19・土): アルクノのブログ (webry.info)
https://arukuno.seesaa.net/article/201509article_2.html
この地点、前回紹介した新湊川の起点からは数百m下流側になる。

僅かな傾斜を持たせた造りで、豪雨が続くと雨水で満たされ、ゆるやかに流れて行く。
通常は川底へ降りることができるが、

普段はチョロチョロ水で、置石を伝って川を渡る事が出来ます。

夢野橋から新湊川のトンネル側を撮影。

川縁の遊歩道には再生水を使った小さな噴水がある。

新湊川トンネルから300mで



更に川筋を遡上すると、


一帯は湊川商店街とも呼ばれ、400店舗が並ぶ神戸最大の市場。
北側には寂れた新湊川商店街。

場所は氷室橋の所。
入ると「日乃出庵」があり、


墓参りもするので、そのお花。


道路側に出て下ると、消防署と併設された兵庫区役所前になる。


湊川公園には時報を鐘で知らせるカリヨン時計塔がある(11:52)。


前記事にはこれが建っていた当時の写真を掲載しています。
新開地商店街を下り、前回お約束の「源八寿し」で昼食です(11:58~)。

盛合わせ(並)にします。

鯛の身が入った赤だしも付いていて、美味しいです。
次回は山歩きで、白旗山を予定しています。
長文記事を最後までご覧頂き、ありがとう御座いました

この記事へのコメント
alice
鵯超三等三角点は標高214.6m。
三重県に多度山という山があるのですが住んでいる町から一番近い山で標高も200m級なのでおおよその高さを知ることが出来ました。
>ウォーキングからレベルアップしたい方…
アルクノさんの記事はそんな方々の指南書ですね。羅針盤のようにも感じました。
一記事一記事が素晴らしいですね〜?
ひよどり展望公園までの道のりは現在では階段など整備され手を加えられていますが義経健在当時は山道あり藪の奥を突き進めば急斜面など攻める者にとっては隠れ場所や待機場所が幾つもありうってつけの場所だったんじゃないかなと感じました。
鵯超の逆落とし…ハラハラしながら拝読しました。
戦国時代に生まれなくて本当に良かったなと感じましたよ(笑)
yasuhiko
私は大好きです。馬で駆け降りることが出来るか
どうか、実証見分しながらの道のりは、
心躍るものがあるんじゃ無いでしょうか。
眼下に海が見えると、源平合戦の頃の風景が
想像されてテンションが上がるし…。
「扶養」の花。漢字変換で「不要」が一番最初に
出て来ちゃうんですよね。コロナ禍の時代の宿命でしょうか。
アルクノ
標高200mは丘と山の中間に位置するようなものですが、
ハイキング初心者には手ごろな高さだと思います
ありがとうございます。
アルクノの記事は指南書となる羅針盤ですか。
そうありたいと、常日頃から思っています。
私が山歩きを始めた頃、
山レポなど、検索しまくっていました。
でも、それらがチンプンカンプンで^^;
意味不明箇所が山盛りでした。
不明山盛りだと、山歩き出来ないです^^;
そんな事があり、何も知らない方に説明したいと思って、
こんな形になりました。
じっくり見て頂いて、歩いて欲しいです
>一記事一記事が素晴らしいですね〜
恐縮します。
初心者の立場で執筆しています。
今回は歴史散歩という事で、楽しんで頂けたらと思います。
このひよどり道は当時からあったかも?ですが、
現在より歩きにくい道で、馬で行く70名は苦労したでしょうね。
隠れ場所は山ほどあったでしょうから、その点では安心です。
「鵯越の逆落とし」楽しんで頂けましたか。
でも、これが夢に出てくると私も怖いです
昭和生まれで良かったと思っています
アルクノ
馬で駆け降りることが出来るかどうかの実証見分。
これが大事で、半数が骨折・重症では戦えませんからね。
昔の記述は大袈裟山盛りですから^^;
急坂を走って降り、攻めることで、平家軍に衝撃を与える!
これが全てだと思います。
「実証見分」し放題の地元民として、力を入れました
山上から源平の戦い、見たかった
テンションMaxだと思います
「ふよう」変換→「芙蓉」
来年はこうなって欲しい
mina
青空が綺麗ですね
「相談ヶ辻の家」多くの方が見学されていますね
お酒の自販機も沢山の種類が並んでいますね
グレープフルーツ味のチューハイ、サッパリしていて
私も好きです
坂道の階段多いですね
山頂は澄んでいて素敵ですね
森林浴たっぷり。健康に最適です
仏壇のお供えやお花も購入されて仏様も
喜んでいる事でしょうね
前回お約束の「源八寿し」ですね
美味しそう。
アルクノ
この時は9月でしたが秋晴れの様なお天気でした。
相談ヶ辻、前回訪れた時は工事中でしたが家屋が完成したみたいです。
グレープフルーツ味のチューハイ、
このサンガリアは初めてで、
普段は別メーカーの物を飲んでいます。
ホント、さっぱり味で飲みやすいです。
更に、100円!が気に入りました
鵯越駅の標高は134mあり、そこから600m坂道を下って、
地蔵前広場は標高108mです。
大袈裟に書いていますが、
鵯越三等三角点214.6mとは100mチョイの標高差。
これを本文に書き加えました。
階段で100mの高層ビルを登った!
と考えるといいですね。
この時は、見晴らしが抜群で救われました
森林浴は山盛りでした
「源八寿し」では並盛でしたが、美味しかったです。
この翌日にお寺さんが来て
2日後が墓参りでした
イエティ1号
2005年のNHK大河ドラマ「義経」を昨年夫がDVDをレンタルして来て一気に観たので、今回のコースはとても興味深かったです。
でも、私はざっくりとドラマを楽しんでいただけだったので、「一の谷」と言う場所の中に「鵯越」と言うのがあるんだと漠然と思っていました。
アルクノさんの説明も読んだけれど、読解力の無い私は今一???です~(笑)
でも義経に限らず、昔の人は階段も無い自然の厳しい急な山道を、命を懸けて駆け上り掛け折り、凄いですね~。
街の中も坂道が多いのですね。
流石アルクノさんが余裕で歩かれたのですね。
eko
今回のコースはウォーキングではなくてハイキングなんですね。
源平合戦の鵯越えの逆落としの舞台を巡る歴史探訪の道ですね。
平安時代末期の平家が滅亡への道をたどった戦い、どんな坂を下ったのか実際の場所を見ながらのハイキング、ロマンがありますね。それにしても坂道、階段のアップダウンの道ばかり、やはり健脚でない私には無理のようです。
山頂からの眺めは最高ですね。義経も眺めたのかと思うだけでも楽しいです。
フヨウの花、残念ながらムクゲ(木槿)です。よく似ています。
前回お約束の「源八寿し」ですね。赤だしもついて550円とはリーズナブル、それに美味しそう~!
次回は本格的な山歩きですね。楽しみです。
アルクノ
新開地―湊川―神鉄長田―丸山―鵯越となります。
電車はクネクネ山へ登って、標高134mの鵯越駅になります。
NHK大河ドラマ「義経」をレンタルして観られましたか。
鵯越と一ノ谷をどう表現していたのか知りませんが、
私は熊谷直実率いる三千ほどの兵が須磨一ノ谷へ向かい、
義経率いる少数騎馬隊がここ鵯越を下ったのだと思っています。
七十騎で本陣を攻めるには、本陣を手薄にしなければならず、
その為、三千の兵が須磨へと平家軍をおびき寄せたんではないでしょうか?
これでご理解いただけましたか?
当時の道がどうだったのか?
ですが、名が「鵯越」ですから山超えであったことは確かデス。
崖のような所を無理に下ると、骨折や重傷を負って戦えませんから、
写真で示したような斜面だった?
と思いますけどね。
鵯越町は、6丁目から1丁目迄かなりの急坂でした。
走って下ると、ひっくり返ります^^;
神戸市民の何割かはこのような斜面に住んでいます。
で、足腰が鍛えられます
今回の山中、本格的な山歩きみたいに滑らないので、
こんな靴で十分でした
秋月夕香
アルクノ
今回は軽いハイキングにしました
私は神戸市北区に住んでいて、鵯越は同兵庫区にあります。
近場なので何度も歩いて、その地理的状況を理解しているつもりです。
一ノ谷と鵯越の論争も理解していて、
今回その決着を付けようと試みました。
神戸は坂道だらけで、私は自然と脚力が備わったんでしょうか。
ekoさんは、伊吹山の山頂駐車場から、伊吹山山頂までを散策されます。
これ位は大丈夫でしょう?
地蔵広場前と鵯越三等三角点との標高差は100mチョイですから、
OK牧場^^。
その山頂214.6mからの眺めは最高でしたね。
ただ、烏原川から菊水山山頂へは、私でもヒーヒー言います^^;
健脚義経さんにも登って欲しいと思いました
>フヨウの花、残念ながらムクゲ(木槿)です。
調べて納得しました
私の眼ではそっくりさんでして^^;
早速、追記で加筆訂正としました。
>前回お約束の「源八寿し」
この並盛、取りあえず皆さん注文なさるので、
オーダー後、30秒で手元に置かれます
神戸中央卸売市場直結新鮮ネタで、申し分無しです
次回山歩き、明後日9日の実施予定です。
雨天延期なので、今テルテル坊主作ってます
アルクノ
楽しめましたか?
私の妄想を、史実に織り込み、
読者を混乱させ、
妄想の世界へといざなっています
その心は、Enjoyして欲しいと・・。
感想のコメント、楽しみにしています。
narayama2008
今回のルートはアップダウンのあるハイキングコースなんですね。
これからはハイキングにもいい季節ですね。
鵯越の逆落としの舞台、須磨とこちらの説があるんですね。そして現状では「須磨 一の谷」説が優勢で、その背景は山陽電鉄と神戸電鉄の広報の宣伝力の差というのは少しビックリでした(^^;
源平の合戦に思いを馳せてこの道を歩くと一層面白くなりますね
神戸電鉄は森林植物園に行くときに何度か乗りましたが新開地を出るとすぐに山越え。鉄道好きとしては一番前から前面展望を見たいなあを思いました(^^)
ネコちゃんもなんだかノンビリしていますね。可愛いです。
ハイキング道は道標もしっかり整備されていて、それに緑も多くて森林浴気分で歩けそうです。神戸はすぐ近くに山がある、それに海もあって改めていい街だなあと思いました。
miyo
miyo
前回の鵯越のハイキングは足慣らしでしたか~
今回が本番だったのですね!
以前ラジオ関西で鵯越の説明をしてました。
その時は「なるほど~」と聞いてましたが、今になると、なんだったかな~?と記憶が。。。
歴史疎いmiyoなので、前置きで少し思い出しました~(^^;)
800年前の鵯越の逆落としの歴史を辿りのハイキング!
歴史を想像しながら歩くのも楽しいですね~!
チュウハイ気分とは、中位でハイになるのね~
アルクノ
今回、日陰がふんだんにあって歩きやすい所です。
ベテランハイカーにはヘナチョコですが、
初心者さんには結構楽しめると思います。
冬場、雪に覆われる事もないので、年中歩けます。
凍結要注意箇所はありますが。
皆さん「須磨 一の谷」と仰るので、
それを何とか覆したいと思っています。
鵯越駅には鵯越の逆落としに関する何の表示も無いんですよ。
宣伝を諦める神戸電鉄さんです^^;
この道narayamaさんにもお勧めで、楽しめると思います。
年中ガラガラでして、たまにハイカーとすれ違う程度です。
神戸電鉄で森林植物園へ行かれましたね。
車中からは山の景色が楽しめると思います。
ただ、神鉄は料金が高いです。
三宮から市営地下鉄=谷上の方が早くてお安いですよ。
地域で可愛がっているネコちゃん達です。
挨拶だけでもしてあげると喜びますよ。
この「ひよどり道」道標がしっかりしていて、迷う事はまずないです。
道中、樹木満載なので、森林浴もできるコースです。
神戸は坂道満載でして^^;
市民の何割かは坂のある所に住んでいます。
私も毎日坂道を歩いていますが、
大阪市民にとっては別世界状態かも知れませんね。
北区まで行くと、山に登らないと海が見えませんが、
須磨、兵庫、灘地区の方々は海を眺めて暮らしている方が多いです。
もし、引っ越しをされる場合は是非神戸へ
アルクノ
突然消えたので、何処へ行ったのかと
今回の事、ラジオ関西で下準備されていたんですね
これで、良く理解された事と思います。
私は夢想家で、妄想も備えるアルクノです
それらを組み合わせ、物語り風にしてみました。
チュウハイ気分とは、
中位でハイになる
私は、ウチュウに飛んで、ウハウハ、イイ気分になります
すーちん
散策には気候も
高さも丁度いいですね^^
スズメバチの活動期
出合わないで良かったです^^
アルクノ
9月下旬でしたが、気温も湿度も下がってきたので、
軽い山歩きにした次第です。
見晴らしも良く、快適に歩けました
ここは、スズメバチの注意表示を良く見かけますが、
出会った事無しなんです。
駆除していてくれているのかも?
倒木はホッタラカシですが^^;
セラ吉
昔歴史で習った、義経の鵯超の逆落とし
改めてすごい場所だと拝見しました。
この山から敵の襲撃は平家も思わなかったでしょう。
歴史とウォーク素晴らしいと思いました。
所でで少し前に紹介した”マリア・ヘレン”さん
あの日から必ず聞いております。歌だけでなく
その舞台の演出家にもよるのでしょうが、なかなかの
役者さんですね。
よい時間を有難うございます。
アルクノ
大昔、義経が鵯越の逆落としで、平家の大群を倒した。
と教わりましたね。
僅か七十騎で?
歴史上の話は大袈裟になると、担任の先生は言っていましたが、
今回、その話のつじつまを合わせようと、試みました
何とか話の筋は通ったでしょうか。
頭脳明晰かつ、戦略家の義経さんですから、
これ位の事はするのではと思います。
秋口で快適に歩けたので
撮影も順調に進みました
マリア セレンさんの事ですね。
一流の演出家が付いていますから、舞台の出来も素晴しいと思います。
団員を募集していて、その条件を見ると性別不問とあります。
男性でも女性でも、それ以外でもOKと取れますね。
一般企業でも使って欲しい文言です。
オフィシャルサイトを見ると、個性的な俳優さんが多いです。
能とオペラの融合とか、新たな挑戦もしています。
これから伸びていくと思いますよ。
がにちゃん
最も 平家側からの視点知盛が隠れ総大将
アルクノさんの話と新聞の小説 両視点から読んでいて面白かったです
源氏は馬を凄く上手に操れたとか ここを下るとゆう発想も納得かも
平家には考えられなかったのでしょうね
歴史感じながら一度歩いてみたいものですね
アルクノ
平家側からの視点、知盛の事はあまり触れていないです^^;
知盛は平清盛の四男で母は継室の平時子。
時子の子としては次男で、同母兄に平宗盛が居ましたね。
平家さんは背後が山だらけなので、安心して、
のほほんとしていたんでしょう。
源氏側は馬術の稽古で腕を、イヤ脚を磨いていたんでしょうね。
楽しんで頂けて良かったです
「鵯越の逆落としウォーキング」を実施し、アルクノが案内致します
ひらひらと
決着のつけ方がちょっと合点がいきませんが、やむをえませんか・・・。
クロちゃん、ほんとうに懐かしげな微笑みをみせて、一層気分もよくなりそうですね。
「鵯越の感じがしてくる道」
紅葉時にはまたすばらしいことでしょうね。
展望台にあがると一気に眺望が開け、目を見開いて・大きく深呼吸して
解放感に浸ることができますね。
「鵯越登山会の歌」曲がついているんですね。聴いてみたいものです。
アルクノさんの平家滅亡のストーリー、
わたしはただただ頷くばかりです。
ほんとうに驚きの一章です!
貴重なお話と写真、ありがとうございます。
秋月夕香
鵯超えは有名ですね。詳しい事は忘れましたがここで勉強させていただきます。
今度はちゃんとチューハイを買われて、いざ出発ですね(笑)
でも(私はのめませんが)おいしそう~グレープフルーツ入りですものね。
ネコちゃんとの会話もたのしんで、なんだかルンルン気分ですね。
このあたりもすごい道~昔山歩きをしたときのような・・・。
やっと町に出られて、ほっとされましたね。噴水のモニュメントににらまれながら?そろりそろり、きっと誰かをおもいだされたのでは。
繁華街も歩けばいろいろあってたのしそうです。
今回もお疲れ様でした。
道なき道をすすんで~階段ばかり・・。
たどりつけば良い眺めが待っているので、ほっとしますよね。
ムクゲはながくさきますが、山の気温は低いのでまださいていましたか。
素晴らしい眺めの向こうは海ですね。神戸らしいです。
そしていよいよ坂をくだります。昔は馬でしたね。それでも大変そうな坂です。
ようやく町へ。この辺りにたむろしていた平家軍は、~というところの文章のくだりは有名ですね。
アルクノさんの妄想も本当に近いかも~♫しれません。
今は舗装ですが、大昔は雨だったら転げ落ちそうな坂です。
アルクノ
導入部でひきつける為、両電鉄の宣伝力の差を挙げてみました。
私は、神鉄ハイキングのリーダーさんと懇意にしていましたが、
この宣伝力の差を訴えても結果は同じで、
原因は、資金力の差でした^^;
クロちゃん、一段と可愛さが増したみたいです。
私の事、覚えていてくれたのが嬉しいですね
紅葉の名所では無いですが「鵯越の感じがしてくる道」を、
その頃に歩いてみたいと思いました。
一番展望が良いのは鵯越三等三角点でして、
山々を見晴らして満足感を得ることができます。
展望広場では東の海が眺められ、ここでは開放感に浸れます。
「鵯越登山会の歌」私も聴いてみたいです
鵯みたいに、飛ぶようなメロディーなのかも
平家滅亡のストーリーに納得して頂けましたか。
後々、この鵯越駅が有名になっていって欲しいです。
アルクノ
今回、鵯越の逆落としについて、分かりやすく、
物語風に記述してみました。
グレープフルーツ入りチューハイが100円ポッキリですから、
買わないと、バチが当たります^^;
このクロネコちゃん、私の事覚えていてくれて、
嬉しかったです。
鵯越という事で、トンガリ山みたいですね。
両面が急坂なので、その名が付いたようです。
噴水モニュメントの裸のおばちゃん、
誰か服着せてあげて欲しいです。
服着ると、じっくり眺めて~誰か思い出すかも
東山商店街は9月下旬で大混雑でした。
前回はそうでもなったので、お彼岸の影響デス。
新開地へ下るとガラガラでしたから。
一番眺めが良いのが、鵯越三等三角点のある山頂でして、
ここでホッとします。
あとは下るだけですから。
9月21日の事なので、ムクゲも綺麗に咲いていました、
綺麗過ぎて、芙蓉と間違えました^^;
展望広場では、東の海が綺麗でしたね。
雑木や雑草を切って、平らにすると本当の展望広場になります。
近日中に、私が剪定しようかと思っています。
急坂を馬で下るので、ソロリソロリでしょうか?
歴史物語は全てが大袈裟で、話半分の半分でいいです。
平家軍が驚いたので、大袈裟になったのかも知れませんが。
戦わずに走って逃げたのは事実でしょうし、
定員オーバーで船が沈んでいったのも本当でしょう。
数で圧倒する平家軍が完敗したんですからね。
事実から推測して、この物語が思い浮かびました
滑ると危ないですから、雨天中止で計画していたんでしょうね^^;
明日は晴天予想で、仲間と山歩きしてきます
お休みなさい
絵日記担当
相談ヶ辻、素敵な民家?です。歴史上の有名なところがあるの知りませんでした。とても勉強になりました。アルクノ様解釈の歴史ストーリーも説得力あって面白かったです。
神戸の自販機はチューハイが100円で買えるとは、いいこと聞きました!私も神戸に行ったら自販機で買おうと思います。前回に続いてネコちゃんうれしかったです。今回はハイキングですね。青空と山と、見下ろす都会の風景が素敵でした。神戸の川はとても整備されているんだなあとまじまじ見てました。あんなに深くして、満タンになったら怖そう(涙。それだけ水害があったのかもしれませんが、整備して溢れないよう守ってくれているのだと思いました。
お寿司もおいしそう!それでお手頃価格!お疲れさまでございました。また楽しみにしています。次はお店でビール飲めますね!
アルクノ
この相談ヶ辻、分岐があるだけで昔は何も無いところでした。
公園になって、この様な茅葺の民家が建てられたみたいです。
この近くに農村歌舞伎が演じられる所もあって、
「アルクノのブログ 農村歌舞伎」で検索するとそれらが出てきます。
神戸は歴史上の有名なところが沢山あるんですよ。
大河ドラマの清盛では、神戸のポイントが様々紹介されました。
「一ノ谷」と「鵯越」、双方の関係を知って頂きたくて、
私の妄想も加えて綴ってみました。
楽しんで頂けましたでしょうか?
それで、OK牧場なんです
自販機でチューハイが100円!
これはお買い得でして、神戸の繁華街ではこんなの無いですから。
ここへきて買い溜めしようかと思います
(電車賃の方が高い^^)
>前回に続いてネコのクロちゃん
私を覚えていてくれて、笑顔ですから。
こんなの初めて! とても嬉しかったです
9月の下旬に入り澄んだ秋空でしたが、
山頂での見晴らしも良く、綺麗な山の稜線を紹介できました
>神戸の川はとても整備されているんだなあと・・
ありがとうございます。
昔、都賀川での痛ましい水難事故がありました、
それを切欠に整備して、警報システムも備えるようになりました。
今後地球温暖化が進むと、至る所で豪雨が発生すると思います。
市民を守る為、必要な事かも知れませんね。
もし神戸へ来られたら、新開地の「源八寿し」へ
リーズナブルで美味しいです。
今日、下山後お店でビール飲んできました~
クリム
ハチワレのクロちゃん。とてもいい笑顔です。
見晴らしの良い山頂へ。超えてきた甲斐が有りましたね~。
いい眺めです。
「罪なきとんかつ」、初めて知りましたv。129㎉なら罪悪感無しですね。私も食べてみたいです^^
裸のおばちゃん(;^_^A ホントだ、睨んでますね(笑)
盛り合わせ(並)も美味しそう~。
天気も良くて気分は(特上)のいい一日でしたね。
y&m
読ませて貰いました。あっちとこっちで(どっちがどっち?)
で争奪戦になっているようですが、ほとんど真っ逆さまに
馬で駆け下るって、お話は面白いですが無理があると思いますね。(^^♪
でも夢の有るほうが楽しいかも(笑)。←どっちやねん
湖池屋の"罪なきトンカツ" これ買って来ます!。
同じく湖池屋の"ハッシュド・ポテト" が大好きな私。
絶対に買いにいかなあかん。(^^♪
"湊川隧道" 読ませて頂きましたよ。隧道内部があんなに整備されて
いるなんて驚きました。それに加えてトンネル内でのコンサートは
残響で無理やろと思ったんですが、出来るんですね。
昔黒部のトンネルで歌ってた人も居てましたが、音響係さんは
大変だったと思います。(^^♪
アルクノ
チョーお買い得と思い、Getしました。
あっさり味でGoodでしたよ。
ハチワレのクロちゃん、私を覚えていてくれて、この笑顔ですから。
嬉しくなります。
階段だらけでチョーしんどいですが・・、
鵯越山頂では気分爽快です
おかげで、新湊川・源流の説明ができました
「罪なきとんかつ」、129㎉に注目する辺りがクリムさんですね。
食べ続けると・・、腹囲ふっくら&魅力増大だと思います。
私は腹囲1mでもOK牧場なのに、
裸のおばちゃん、それを気にして、睨んできました^^;
美味しい、盛り合わせ(並)で十分でした。
129㎉がお腹に入っているので^^;
これを(特盛)にすると極上気分かも知れませんが、
久々の気分になりました。
アルクノ
「鵯越の逆落とし」ですから、ほとんど真っ逆さまに、
が正解かと、勘違いしますよね^^;
これじゃ「鵯越の坂下り」じゃん、となります^^:
義経さん、頭脳明晰かつ戦略家ですから、
半数が骨折で戦線離脱するような作戦は不採用だったようです。
湖池屋の罪なきトンカツに大注目ですね。
歩き乍ら、カリカリ食するには最適食材です。
「近代土木遺産の湊川隧道で開催されるコンサート」
を見て頂き。ありがとうございます。
ここは小ホールの様な雰囲気で、残響も適度にあり、
いい音楽が聴けました。
フルートは音量が小さいですが、
トンネルがスピーカーのような効果を生んでいました、
黒部のトンネルで歌唱ですか!
マリア セレンさんにお願いしたいですね
winga
出遅れwingaでございます<(_ _)>
鵯。。。前回も考えてたんですが、一度行ったことがあるはずなんです。
親戚とのお墓参り。
鵯って文字、読めなかったから余計に覚えてます。
義経さんも登ったんですよね。景色いいですね。
最初のお写真好きです。茅葺きが何とも好きです。
色んな歴史探訪で日本の山っていいですね。
軽い靴でも大丈夫な山なら私でも歩けるのかなぁ。
アルクノさんホント元気!現役でずっと楽しいブログ、お願いしますね。
女性陣もマジお元気。お口も現役でしたよね(^_^;)
yoppy702
「鵯越の逆落とし」は有名なので、興味津々の方も多かった事でしょう。
ボク的には、どういう訳か、「鵯越の逆落とし」と聞くと「桶狭間の戦い」が頭を過るんです。
今考えると、子供時代に見たTVでは、「桶狭間の戦い」に「鵯越の逆落とし」の要素を混ぜていたのでは?なんて思ってしまう事もしばしば。(^^ゞ
「相談ヶ辻の家」なんてのがあるんですね。
味気の無い建物でなく、茅葺仕立てなのでインスタ映えもしますね。
ひよどり展望台…ちゃう、展望公園ってのがあるんですね。
眺めはイイけど、なかなか厳しい道で…
この時季なので茂ってますね。(^^ゞ
鵯越登山会ってのがあるんですね。
六甲には、多くの登山会がありますね。
以前、雨ヶ峠で勧誘(?)してる登山会もありましたっけ。(^^ゞ
山を下りると、ガラッと空気が変って住宅街。
神戸らしさですね。
「湊川隧道」の事は、先日、「よ~いドン」という番組で円さんが訪れてました。
アルクノさんが、以前から紹介していたので、見入ってしまいました。(^^ゞ
神戸タワーってあったんですね。
昔の通天閣や浅草の展望塔の雰囲気がありますね。
そういえば、ポートタワーが、しばらくお休みなんですね。
二年間くらいでしたっけ?
外観の改装工事もやるんですかねぇ?
それやったら、大変な作業になりますね。(^^ゞ
神戸タワーが昭和43年に解体という事は、ポートタワーが出来た時には、両塔が営業してたんですね。
という事は、単純に考えると、老朽化だけでなく、ポートタワーで客足が減った?って事もあるのかも。(^^ゞ
アルクノ
何時もコメントありがとうございます。
鵯越墓園、広いですね。
本来「墓苑」とすべき所ですが、
ここは広すぎて、公園みたいなので、「墓園」となっています。
もしまた次回行く機会があれば、義経馬つなぎの松まで散策して欲しいです。
義経さん、寿永3年2月5日(1184年3月18日)三草山の戦いで圧勝して、
鵯越へやって来ました
この「相談ヶ辻の家」、
「竹をノコギリできったあと収穫体験で大根を掘らさせて頂いきましたー。」
のコメントも入っていて、農業体験ができるみたいですよ。
兵庫県は歴史探訪できる山だらけです
昨日は険しい山城に登ってきて、本日は休息日デス。
ここは勝手知ったる庭なので、こんな靴でも大丈夫です。
京都も坂が多いのでwingaさんも登れると思います。
ベンチのある所で、長めの休憩とればOK牧場!
>アルクノさんホント元気!現役でずっと楽しいブログ、お願いしますね。
お言葉に甘えて、頑張ります
私の口は退役軍人で、現役女性陣の口撃に負けてます^^;
アルクノ
>子供時代に見たTVでは、「桶狭間の戦い」に「鵯越の逆落とし」の要素を混ぜていたのでは?
子供の時感じた思いはずっと残って消えないと思います。
私は地元ですからここだけを見てきて、他の要素は入って来なかった。
何度も歩いていると、義経の気持ちが解るような気がします。
思い違いの恐れもありますが^^;
「相談ヶ辻の家」は完成後行っていませんが、
農業体験ホームみたいなところです。
近くに農村歌舞伎舞台があり、私はそっちの方ですね。
ひよどり展望公園は軽いハイキング道ですがアップダウンで楽しめます。
三角点から急坂を下り、烏原貯水池横の亀の甲広場で昼食がお勧め
今はこの山に入って直ぐ、森林浴が満喫できます。
この鵯越登山会、ひよどり展望公園の四阿を見上げて知りました。
この登山会に出合った事が無く、今もあるの?
鵯越登山会で検索しても何も出てきません^^;
その歌だけでも聴きたいです
雨ヶ峠で勧誘してる登山会?
これは入ってみたいですね
鵯越の逆落とし直下は、バス停があるコンビニ前ですから
神戸市を現しています
「よ~いドン」で円さんが「湊川隧道」を紹介していましたか。
この「湊川隧道」を通しで歩いていないので、それに参加したいです。
神戸タワーは、
大正時代の建設当初は新開地タワーと呼ばれ、東洋一の高さで、浅草の凌雲閣、大阪の通天閣とならんで、日本の三大望楼と称されていたそうです。
神戸ポートタワー大規模リニューアル工事の内容です↓
最上部の屋上に展望テラスが設置され、
タワー足元の4階には屋外テラスが設置されます。
あと、耐震改修工事、エレベーター更新工事、聡明器具LED化工事が含まれます。
再開は開業60周年となる2023年度ですから暫くお待ちを。
ポートタワーは1963年(昭和38年)に完成していますから、1968年(昭和43年)神戸タワーが取り壊されるまで、両方見られたことになります。
1960年代に入ると、展望台へは立ち入り禁止で、神戸タワーに登らなかったことが心残りです。
新開地への客足が減っていく頃ですから、
保存や改修は考えていなかったでしょうね。
つばさ
いつものことながら、出るのはため息ばかり。
歩きたいし、歩けそうな場所もありますが(^^)/
簡単なシューズでも歩けるのにはびっくりです。
拝見していて、どこかに歩きに出かけたくなりました。
アルクノ
地蔵前広場から標高差100m程の坂と階段を上がります。
100mの高層ビルを階段で上がるとなると、
私も顔を横に振ります^^;
ここは平らな所もあるし、植物観察も出来ます。
森林浴しながらゆっくり行けば、普通の方でも登れますよ
滑ってズルっとなる所がないので、紐無し靴でも行けます。
グリップ性を考えると、トレッキングシューズの方がいいんですけどね。
つばささんの、ウォーキングレポを楽しみにしています
イッシー
とっても面白いですね。前段の歴史の話は確かに信ぴょう性ありそうですね。ところで、そちらにも高尾山ってあるんですね。ちょっとローカルっぽい街の様子も面白いです。
アルクノ
気になりだしたのは、地元周辺を歩きはじめからです。
清盛や義経、楠正成その他大勢が出てきて、調べるように・・
歴史家の言う事は大体が面白く合いので、今回は脚色しています。
鵯越墓園にある高尾山(403m)ですが、
園内の舗装路から少し上がった所にあり、
お飾りみたいな山です
湊川商店街~新開地商店街周辺、昔は神戸の繁華街でした。
映画館や劇場が消え、現在は神戸の台所となっています。
ミキ
鵯越はなんとなくイメージとして須磨一の谷かな・・・と
思っていましたが。こうして一連の内容を見て見ると
鵯越の地名がたくさんあるというほうに軍配が上がるかなです。
わずか70騎で10万いや3万騎との戦いは壮絶ですね。
情報を集め地の利を理解した上での頭脳戦でしょうかねぇ。
そんな道を現在はスニーカーで歩く・・・面白いです。
夏草茂る山道をお疲れさまでした。
〆のお寿司が美味しそうです!(^^♪
アルクノ
この戦いは、イメージとして須磨一ノ谷の方が優勢です。
それが私の説明で心が揺らぎましたか!
作戦成功デス
平家側の護衛隊は多くが雇われ兵なので、
刀を与えられただけだと思います(たぶん^^)。
一ノ谷から鵯越にかけては山が続いていて、
天然の要塞のようになっています。
まさか山から攻めて来ないだろうとの平家の油断があったんでしょうか。
地元民の知恵も利用したんでしょうね。
シカが下るから馬も下れるというのは後付けで、
馬が下れるポイントを伝授されています。
スニーカーで歩けるんですから、馬も歩ける訳です
森林浴の御馳走を頂き、
最後の盛り合わせ寿司で〆としました
ミクミティ
実際はどこだったのか。これぞ歴史ロマンでしょう。何しろ平安時代ですから、地形も変わっているかもしれませんし、地名はなおさら変わっている可能性もあります。
それでも、そんなロマンを感じながらのハイキングは楽しそうです。山からの眺望も楽しめ、いつもながら健康的でいいですね。
ところで、大豆で作った、「罪なきとんかつ」なんてあるのですか。面白いですね。いつか買って食べてみたいです。
アルクノ
実はどちらも実行された作戦だと思っています。
須磨一帯は急峻な連山ですが、馬が下れるような道が複数あり、
分散して下ったんでしょう。
半数以上が転倒骨折戦線離脱するような作戦をとるはずがないです。
歴史物語はほぼ大袈裟×大袈裟ですから
実行可能な作戦を推察していくと、答えが見いだせると考えています。
自然のままの地形だとなおさら危険を伴うし、
樹木が密生していると下る事も出来ませんからね。
鵯越も樹木だらけで、前日に下れるルートを作っていた可能性があります。
急坂を下った事実だけが独り歩きしたんでしょうか?
私は歩きながら楽しく推察しています
この時は9月下旬でしたが、秋空の見晴らしでした
大豆で作った「罪なきとんかつ」、この系列のコンビニでGetして下さい。
手も汚れず、歩きながらカリカリ、美味しく頂けますよ
降魔成道
私なら缶チューハイよりもワンカップかな。あればの話ですが。展望公園に至る道はなかなか雰囲気が良いですね。菊水山ですが楠木正成の家紋が菊水紋だったわけですが、これと関係ありますかね。湊川の戦いの場所とどれだけ近いが私は土地勘がないのでよく分かりませんが。私は罪なき唐揚げならコンビニで買って食べたことがあります。山を下りると市街地化されて歴史を感じることは出来ませんが、そんな場所でもあれこれ考えながら歩くのも楽しいですよね。
アルクノ
今日まで論争が続いています。
そこで双方を取り入れるとすれば、
どのようなシナリオが描けるかで考えてみました。
平家側が惨敗したという事実は残っていて、どのような合戦だったのか?
という事ですね。
丹生山(たんじょうざん)には義経道が残っています。
山を下った義経軍三千騎を地元の名氏一家が藍那古道へ案内したという史実もあります。
その藍那古道が終ると相談が辻ですから、話が揃っていますね。
私はハイキングで地元の歴史家さんの話も伺い、この結論に至りました。
ここを実際に歩いてみると、我ながら「成程な~」になってしまいます
清盛が遷都を考えていた場所や、清盛の邸宅跡もある所です。
清盛の死後、平家側がここでの復権を考えていたんでしょうね。
源氏側がそれを知り、潰しにかかった事が今回の事件です^^;。
降魔成道さんは缶チューハイよりもワンカップの日本酒ですか。
この時は9月下旬で気温も高かったので・・。
今日の気温だと、私も写真にあるワンカップ大関230円です
ひよどり展望公園に至る道、軽いハイキングコースとして知られています。
菊水山の菊水は楠木氏の家紋の事ですが、よくご存じです。
楠木正成を祀る湊川神社は菊水山から直線距離で3.5km、南南東に位置します。
山名の由来は、
大楠公殉節600年祭が1935年(昭和10年)に行われた際、楠木氏の家紋であった菊水を山の中腹に若松で作ったことからこの名がついた。
とあります。
楠木正成は湊川の戦で敗れましたが、自害した場所に湊川神社が建てられ、
人を祀るので、「楠公(なんこう)さん」と言って親しまれています。
その場所はJR神戸駅の直ぐ北でアクセスも便利です。
ビルが無かった昔、湊川神社から菊水山が望め、
その中腹に若松で作った菊水の紋が眺められた訳です。
菊水山に登る場合、鵯越駅からだと階段が続いてしんどいですが、
鈴蘭台駅からだと標高差が軽減されて登山道もなだらかになります。
罪なきからあげを御存じでしたか。
歩きながら食べるには最適ですね。
このコンビニ前が昔に市街地化された最北端で、
トンネルの向うは新興住宅地です。
西は長田~須磨ですが、山麓を東へ行くと祇園神社~山麓リボンの道~
異人館で有名な北野町になります。
昔は兵庫区~長田区が神戸の中心でしたが、
現在は中央区・三ノ宮~北野町が神戸の中心になっています。
山麓リボンの道は何れまた紹介したいと思っています
つとつと
海岸線からは源範頼が本軍を率いていますから、義経の別動隊は山裾を沿うように進んだと思いますし、奇襲ならやはり鉢伏からなどと想像していましたが、やはり実際の地形でないと解らないものですね。
アルクノ
様々な歴史書を見比べ、結論を見出そうとする歴史家さん達へ、
現地へいらっしゃ~い、と言いたいです
神戸には
源平合戦に関する歴史的ポイントやルートが数多く残っていて、
地元民が伝承する語りもあります。
それらをつなぎ合わせてみました。
鵯越と一ノ谷は直線距離で約7kmです。
ジグザグ道を行けば10kmぐらいあったでしょうね。
そのタイムラグ調整で、義経は高雄山で一夜を過ごしたのだと思います。
更に、山上からは灯りの大きさで眼下の本陣、その場所確認ができます。
須磨からだと本陣が遠いですが、熊谷直実率いる軍は散らばっている平家軍を打ちのめしながら東へ進軍したのでしょう。
義経が須磨の鉢伏山あたりを下ったという説もありますが?です。
ここ兵庫には清盛が遷都を想い描いていた場所がある事。
清盛の邸宅が残っていた事。
何より、日宋貿易の為に築港した兵庫津という港があった事。
本陣は兵庫区の港周辺にあったと推察できます。
須磨には須磨浦という海水浴場があり、直ぐ山が迫っています。
大きな船を係留する場所が無く、本陣を置くスペースもありませんでした。