西国三十三ヶ所巡りの二十七番札所となっている圓教寺は比叡山と同じ天台宗で、中世には比叡山、大山とともに天台の三大道場と並び称された巨刹である。
約一千年前(康保3年・966年)に性空上人(しょうくうしょうにん)によって開かれ、西の比叡山といわれる。
如意輪観世音菩薩が祀られる摩尼殿は納経所となっていて、朱印を求める参拝者で絶えることなく賑わっています。
西国三十三ヶ所の中で最大規模の寺院が圓教寺です。
あまり知られていませんが、世界遺産となった清水寺より規模が広大で、歴史上でも重要な地位を占めていました。
書写山は低山乍ら関西では有名な山で、パワースポットとして紹介されています。
京都・滋賀シリーズを離れ、メンバーの希望もあって書写山に登る事にした。
残念乍らNさんは不参加でしたが、7月に実施した賤ヶ岳以来の遊子さんが書写駅駐車場から参加してくれました。
コースは、バス停と無料駐車場があるロープウェー書写駅をスタートし、一般的な東坂参道を利用しました。
九十九折の参道に飽きたら、直登の岩場道もあります。
書写駅から圓教寺まで2.3kmのショートコースですが、なかなかダイナミックな山でした。
岩山なので、森が全面を覆っておらず、登るにつれ姫路市内と瀬戸内海が後ろに広がります。
ひょうごの森百選、ふるさと兵庫50山にも選定されている山です。
当日は冬型気候で、圓教寺の寒暖計は5度3分を指していた。
登山中は汗が滴り上着を脱いだが、食事中は寒くなってそれを羽織りました。
大半の方がロープウェーを利用されるみたいで、今回の参加者でも徒歩登山の経験者はゼロでした^^)
若い人にも人気の山のようで私達が下山した時、これから登るというキャピキャピギャルを含む青年グループに出合いました。
どんな山かと聞かれ「山上駅まで45分程で登れます。」とトマトさんが言うと、
スゴ~イ♪とか言ってます。
何がすごいねん!と思ったが、アイドルみたいな笑顔が可愛いかった♪
帰宅して・・、
ハイキング本に載っていた事を思い出す。
「ハイキングを楽しむ本〔関西版〕」(発行:京阪神エルマガジン)に、
パワスポハイクに該当する山として、この書写山が紹介されていました。
パワスポにはメロメロ(実は鎌倉時代から使われている言葉)の、若い男女が目指す訳です。
ロープウェーを利用する多くの方にも出会いました。
乳母車を押して登るヤング婦人や、
両親に両手を持たれて登る、2歳の若武者も。
登山途中では地元青年団のグループに出会い、
単独で上り下りするシニアさんもいました。
かように、老若男女に愛される書写山なのです。
前置きは以上で終了し、以下本題。
前置きも含め、Wikipedia、パンフレット、圓教寺HP、現地掲示板などを参照して纏めました。
予め指定した新快速に乗車のシニア4名が、JR姫路駅に到着(9:18)。
観光案内所で圓教寺のパンフレットを頂き、地下のトイレを拝借。
駅コンコースは大手前通りへ直結だが、いま話題の姫路城をZoom Up
ペンキ塗り立てのような白い漆喰が目立ちますね。
愛称「白鷺城」を「白過ぎ城」と揶揄するネット住民もいるとか。
来年の春から大天守に入れますが、入場料が五百円から千円にUpします。
下山後、姫路城に立ち寄る計画もあったが、時間の都合でまたの機会とした。
書写行きバス停は中央改札口から北へ向かって「北①東」とネットにあった。
観光案内所でそのバス停を訪ねると、横断歩道を渡ってビルの中?
入り口には神姫バス乗り場、北①乗場と書いてある。
ビルの中にバスが入って来る訳では無く、
エアコンの効いた所で待っていて下さいという配慮でした。
バスは毎時0分20分40分となっていて、私達は9:40のバス。
28分間の乗車で終点書写駅に到着(270円)。
そこに遊子さんが待っていた。
準地元の遊子さんによる「ご案内~」を期待していたが、予想外れの事態に。
Sugarさんがロープウェー切符売り場へ走り、登山口を聞いて来た。
大胆な行動ですが、親切に教えてくれました。
更に親切なことに、手書きの地図まで掲示しています(10:13)。
初めての方は、これをプリントして持って行けばOK。
山陽自動車道を潜って小さな川沿いに進むと、
右手に案内が出てきます。
で、これが登山口。
私達には不要でしたが、使われた形跡のある竹の杖が沢山。
この様な杖ボックスが山中にも幾つかあって、ハイカーが多い事が分かります。
近畿自然歩道と書かれた柱を右に見て、登って行く。
石段や丸太やコンクリで作られた段々です。
10分も登ると岩山らしくなります。
その上にこんなものがありました。
スコップで掘った人の名前も書いて欲しかった^^)
更に、その上にはらかん岩がある。
奥の二体の目にはビー玉が埋め込まれています
岩では無くコンクリート?かもと思いました。
右に別の二体があり、五体らかんだそうです。
そこから直ぐ五丁の丁石があり、これが五丁展望所。
五人が丁度小休止^^するタイミングです。
九十九折の参道が続くが、ショートカット道も用意されています。
上がるとこんなものがあった。
「はるばると 登れば 書写の山おろし 松の響きも 御法(みのり)なるらむ」
とあり、西国二十七番の御詠歌でした。
現在火山ではありませんが、この山には火山の痕跡が残っています。
岩の中には噴火で吹き飛ばされた流紋岩の破片が閉じ込められていて、
長い年月をかけて風化が進み、それらが現れ、現在の姿になっています。
ロープウェー山上駅手前右に紫雲堂跡があり、展望台になっています(11:00)。
明石海峡大橋方面をズームしてみたがあまり見通しが良くありません。
ここで小休止して、トマトさんからみかんを頂く。
過去この場所にお堂があり、参拝者の休憩所として湯茶等振る舞っていたそうです。
老朽化し、昭和30年代半ばに取りたたんでしまったが、元和9年(1623年)に再建されたものがあったとか。
康保3年(966年)九州から東上した性空上人がこの辺りで紫雲たなびく空を見て霊性を感じ、終生の道場として入山。
寺を開基したのがその由来とされる。
そこで、阿弥陀如来を安置した紫雲堂が建てられたという事です。
そこに下山道があるので、帰りに利用します。
十三丁とある山上駅はここから直ぐで、
圓教寺へはなだらかな道を歩いてあと700m。
山上駅からは直ぐ志納所で、
五百円を収めて入ると歌人和泉式部物語が掲示されています。
説明すると長くなるので、是非現地で御覧ください。
その先に慈悲(こころ)の鐘。
遊子さんが心を込めてゴン

仁王門まで西国巡礼の道が続き、三十三体の仏様が並んでいます。
代表仏として世界遺産となった、第十六番音羽山清水寺の
十一面千手観世音菩薩を紹介します。
第十八番が展望所になっていて、眺めが宜しい。
姫路城は見つからず、明石方面です。
下の略図に、明石海峡大橋が書かれていたのでズームしてみた。
何とか2本の主塔が確認できたが、薄ぼんやり。
三十三番の先に仁王門です。
奥の柵に入っていてお顔がはっきりとは確認できませんでした。
なだらかな道を歩いて摩尼殿(如意輪堂)へ。
マニとは梵語で、如意のこと。天禄元年(970年)に創建された。
大正10年に全焼し、昭和8年に再建されたものです。
歴史的価値は低く、登録有形文化財となっている。
しかし、京都の清水寺と同じ舞台造りで壮大な感じがします
靴を脱いで上がって、お参りです。
Sugarさんは朱印を押して貰います。
上から見下ろすとこうなります。
木立が茂っていて、展望はあまり良くないが幽玄な感じです。
降りるとドラゴン池に氷が残っていた。
その下にはシャリシャリ氷も。
階段降りて、参拝者に写真を撮って貰いました(11:59)。
もうサングラスは不要です^^)
近くにあるベンチで昼食ですが、
私はカレーヌードル+アンパン+焼酎。
お湯を持って来て、温もりました^^)
食後、遊子さんからデカ栗の渋皮煮を頂きます。
大粒の栗を10キロ箱ごと中央市場で購入し、渋皮煮を作るプロ級の方です。
今回、更に追加生産したとか。
以前自宅へも送って頂き、ありがとうございました

食後、更に奥へ。
「ラストサムライ」や「軍師官兵衛」のロケ地にもなった三つの堂です。
左端に屋根の一部だけ写っているのが常行堂で、左面が食堂(じきどう)。
正面が大講堂で、全て国指定重要文化財になっている。
荘厳な大講堂を見上げます。
寛和2年(986年)花山法皇の勅願により創建され、学問修行の場として栄えた。圓教寺総本堂で本尊は釈迦如来。
これは室町初期のもので、昭和31年に解体修理されました。
食堂は後白河法皇の勅願で創建。
長さが40mもある総2階建ての大建築で他に類がない。
長堂とも呼ばれる。
堂内は仏像や絵画などの寺宝が展示されているそうで、また訪れたいです。
常行堂は写さず仕舞いとなりました。
これも、修行の一つ常行三昧の道場で、大講堂に向かって雅楽や舞の奉納が行なわれたそうです。
本尊は阿弥陀如来で、昭和40年に解体修理されたとあります。
ここに圓教寺散策絵図があった。
次回プリントして持参しましょう。
オリジナルの大きさで掲載しています。自由にご利用ください。
次に鐘楼。
これも国指定の重文で鎌倉時代後期の様式を残し、県下では最古のもの。
全国的にも極めて古いものとして貴重だそうです。
重文の金剛堂に向かうと展望台があるので行ってみる。
右に細長くあるのが小豆島でしょう。
瀬戸内海に浮かぶ小島も点々とあります。
弁慶ゆかりの物もあったが行かなかった。
重文としては金剛堂の他に奥の院に開山堂他三棟や仏像も多数あります。
そこから下ると、姫路城主松平直基(なおもと)の墓所があった。
直基は徳川家康の二男秀康の第五子です。
山形から姫路へ移封の途中、江戸で発病して姫路に入ることなく亡くなり、遺骨は相模の国に葬られた。
直基の子直矩が姫路城主になって後、分骨してここ書写山に墓所をつくったとあります。
更に下って摩尼殿の前にはづき茶屋です。
その奥にトイレがあるので拝借。
そこが特別志納者バス乗り場となっていた。
志納所で通常五百円の所、倍の千円を収めるとこのバスを志納所から往復利用できる仕組みです。
バス道はこのバスの専用道路になっていて一般方は歩く事ができません。
このトイレから摩尼殿は直ぐで、階段上がれば納経所となっています。
はづき茶屋に戻り、西国巡礼の道を下って行きます。
前のお二人はシニアカップルさん。
お約束の紫雲堂跡から急坂下り。
ここを下ると岩山である事が実感できます。
九十九折の東坂参道と交差しながら下って行きます。
距離的には短く10分ほど下って参道に入ります。
五丁辺りで、登る時には気付か無かった、珍しい木がある。
この3本の樫の木は根っこで繋がっていて元は一つ。
左から伸びた枝と右からの短い枝がブリッジの様に繋がっています。
しかも、そのブリッジ部分が真中の木にめり込もうとしています。
元は一つなので、3本に別れた木が一体化しようとしているようです。
正に絆です。
でも、自然にこんなことが起こり得るでしょうか?
懐疑的になった遊子さんと私は子細に検証しました^^)
樫の絆とある札の左、幹から枝になる部分に次ぎ目のような筋があります。
この裏側にもあり、筋は一周しているので、人為的な接ぎ木と判断しました。
お互いロマンの心はあるが、現実直視派

Sugarさんは繋がる時に出来た皺、という立場で純ロマン派

トマトさんと六子さんは、どうなんだろうと不思議派

こんな議論は楽しい。
「珍百景候補?」とも書いてありました。
駐車場へ下り、軽い打ち上げ場所を探したが、アルコール0%の湯茶を置いている所しかありません。
遊子さんと別れ、14:40のバスで姫路へ帰ることにした。
姫路駅では、タイミングよく新快速が私達を待ってくれてます。
明石駅を過ぎると明石海峡大橋で、主塔をZoom Up
ボックス席4名が、一緒にテッペンに登ったことを語る。
関西人であれば、一度はこの書写山に登って欲しいです。
かく言うアルクノも登山は初体験でしたが、歩いてみてそう思いました。
手軽だけど、味わい深く、魅力も詰まっています。
圓教寺境内は広大ですが、比叡山のようにバスで回る程の距離では無く、散策しながら行ける遊歩道になっています。
お弁当広場はいたるところにあるので、超お勧めです

長文を最後までご覧頂き、ありがとうございました

この記事へのコメント
華の熟年
書写山の円教寺へ徒歩で行かれたのですね。健康にも良くゆっくりと景色を眺めながら仲間の皆さんとの参拝は楽しかった事と思います。
途中で撮された写真を拝見させて頂きました。上手に撮られていますね。パワースポットでキャピギャルの若い人達が登ると言うのに納得し時代の変遷を感じます。
30年程前に自動車で家族と一緒にお参りした事があり懐かしく思い出されます。もう一度行きたいですね。
yoppy702
今年は、ブームですもんね。
丁度、来週で、「軍師官兵衛」が最終回。
ここも、番組の終わりの「官兵衛紀行」で紹介されてましたので、「行きたい!」と気持ちが騒いでいるんです。
それに、姫路で、てくてくさんに教えてもらった「大陸」さんに行って、アーモンドバタートーストを食べて、お土産に、アーモンドバターも買わなきゃいけないし…(^^ゞ
お色直しをした姫路城も見たいし…
姫路城のズームアップ、その上の写真辺りから撮ったんですか?
近くから撮ると、どうしても見上げてしまいますけど…
やっぱり、ズーム力ありますね。
コースとしては、天気が良ければ、ジーンズとトレッキングシューズとタオルと水だけあればOKでしょうか?
下りが、ちょっとズルっといきそうですかねぇ…
マップによると…「書写駅」で下車して、川の方へ歩いて行き、山陽自動車を潜り、川沿いに進むと、案内板ですね。
( ..)φメモメモ
コース、なかなか、楽しそうじゃないですか。
アルクノさんのプロローグ通りや。
これに、キャピキャピギャルの可愛い笑顔があれば、バッチリですね。(^^)
散策絵図、これイイですね。
これによると、やっぱり、桜、秋の紅葉が良さそう。
展望台からの眺めも素適です。
という事は…春の桜に照準を合わせて…姫路城とカップリングにして…
あれ?そんな余裕ないかなぁ…(^^ゞ
「樫の絆」の検証、お疲れ様です。
さすが現場主義のアルクノさん。(^^)
生きている木を使ったオブジェというところでしょうか?
詳細なご案内ありがとうございました。
この記事をコピーしていけば、道を迷わずに行けそうですし、見る所もウロウロせず、ポイントを押さえて見れそうです。(^^)
アルクノ
徒歩で登ったのは初めてで、こんなにダイナミックな山だと思いませんでした。
足がまだ元気なうちに登れて良かったです。
シニアですが好奇心旺盛で、
まだ若いと勘違いしています^^;
Challenge精神も旺盛で、
私を引っ張ってくれてます^^)
写真は素人ですが学生時代の美術部在席経験を活かし、アングルだけは考えて撮っています。
カメラ君が私の意を汲んで頑張ってくれるので、助かります。
下山時に出会ったギャルはロープウェーで登るみたいで、オシャレなお嬢さんでした。
現在では若い山ガールさんが一人で登るのに出くわしたりします。
ホント時代の変遷ですね。
華の熟年さんにも、この東坂参道はお勧めですよ
アルクノ
奥の院や、金剛堂に、弁慶ゆかりの所などまだまだ紹介し切れていません。
どんな所か紹介して下さい
姫路城は駅コンコースから撮りました。
1枚目は失敗で2枚目の写真です。
私もここまで撮れるとは思っていなかったので、このCanonは正解でしたね。
yoppyさんだとスニーカーでOKですが、岩場の場合はトレッキングがベター。
上がると遊歩道なのでスニーカーの方が軽快に歩けますけど。
弁当無しでも食べる所があるし、水とカメラとタオルだと素早く行けますね。
バス停から登山口までは思ったより距離がありました。
でも写真の小川に入ればあとは簡単です。
(アイドル並)ギャルの可愛い笑顔Getは確率低いデス^^)
駅のパンフレットや関所で貰った案内には簡単に書いていてイマイチ。
散策絵図はその形まで分かるので、携帯しながら散策すると全て回れると思いますが、
如何ほどの時間がかかるのかが未知数です。
新快速始発で
白鷺城とセットで
「樫の絆」の検証、
人為的と思いましたが真実はどうなんでしょう。
実は今日、仲間と京都の雲取山に登ってきました。
純ロマン派Sugarさんの考えの方向転換は叶いませんでした。
来年、この記事を利用しての執筆、楽しみにしています
てくてく
奥ノ院はパスされたんですね。奥ノ院や周辺には、伝甚五郎作の力士や、和泉式部歌塚など有ってアルクノさま向きと思います。
山上には、般若湯類がなくて残念でした。結局、登頂乾杯はなかったんですね。
プレゼントです。
お疲れ様でした。
てくてく
アルクノ
奥ノ院はあとで重文が幾つもある所だと気が付いて、失敗しました。
実は札所だけでいいと思っていたんです。
こんなにスケールがデカイ所だとは、驚きました。
伝甚五郎作の力士ですか。
更に失敗しました^^;
乾杯は、昼食時に一人で、
お湯割り焼酎だけでした^^)
駐車場の近くにアルコールは「だめよ だめだめ~♪」なんですね。
こので、と頂きます。
凡稔
そこを見逃さないアルクノさんたちの企画も素晴らしいです。こうしてブログを拝見して、歴史の勉強も出来ることが嬉しいです。ありがとうございます。
アルクノ
清水寺は国民全てが知っていますが、この円教寺を知る人は少ないんですよね。
私としては世界遺産にして欲しいくらいなんですけど、その為には知名度を上げていかないと、と思っています。
このブログを見て賛同してくれる人が増えると、私も嬉しいです。
こちらに来られた時は是非お立ち寄りください
行き当たりばったり
アルクノ
参加者も満足顔でした。
京都から離れているので人気はイマイチですが、新幹線も止まります。
関西に来られた時は是非お立ち寄り下さい